世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3771
世界経済評論IMPACT No.3771

石破政権成立時に電力業界がおそれた最大リスク

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.03.24

 2024年10月1日,石破茂内閣が発足した。エネルギー政策に深くかかわる経済産業大臣(経産相)には,武藤容治氏が就任した。

 石破内閣の発足で,日本のエネルギー政策は変わるのか。とくに,原子力政策はどうなるか。24年9月の自民党総裁選に立候補した9人の候補者の中で石破氏が原子力発電に最も消極的であっただけに,気になるところであった。

 結論を言えば,石破政権の登場によっても,わが国のエネルギー政策は変わらない。石破首相が原子力に必ずしも積極的でないことは確かだろうが,だからと言って原子力政策に変化が生じることはない。なぜなら,石破首相は,原子力政策を含むエネルギー政策全般に関心が薄く,それを変革しようという情熱に欠けるからである。

 首相のエネルギー改革への情熱が不十分である状況下では,エネルギー政策をめぐって以前から作用してきた力学がそのまま維持されることになる。今年2月,日本では第7次エネルギー基本計画が閣議決定された。同計画策定の舞台となった審議会の委員の大半が原発推進派で占められていたこともあって,計画には「次世代革新炉の建設」が書き込まれた。しかし,それはあくまで「建て前」であって,実際には具体的な動きにはつながらず,これからも既設炉の運転延長のみが進行し続けるだろう。選挙での勝利が至上命題の首相官邸にとっても,投資コストを節約できる電力業界にとっても,次世代革新炉の建設に踏み込まず既設炉の運転延長でお茶を濁すことが,居心地が良いからである。エネルギー改革に取り組む情熱に欠ける石破政権の下で,岸田前政権以来の「原子力やるやる詐欺」(口先では「次世代革新炉の建設」を謳っても,それをずるずると先延ばしする行為)は継続する。わが国の原子力政策の漂流は,まだまだ続くのである。

 今回の首相交代時に資源エネルギー庁や電力業界がおそれた最大リスクは,石破政権の成立それ自体ではなかった。では,何が「最大リスク」だったのか。それは,自民党総裁選に敗れた河野太郎氏が,党内事情で新内閣の経産相に就任することだった。

 河野氏は,総裁選の過程で「原子力容認」に宗旨変えしたと報じられたが,この報道は正確ではない。もともと河野氏の考えは,「反原発」ではなく,「反核燃料サイクル」であったからだ。今のところ河野氏が,「核燃料サイクル反対」の見解を変えた形跡はない。

 もし,河野経産相が誕生していたら,何が起きていただろうか。

 核燃料サイクルの中心施設である六ヶ所の再処理工場について,すでにアクティブ試験が実施済みで核汚染されていることから,河野氏といえども,さすがにそれを廃棄するとは言えなかっただろう。しかし,稼働率を4分の1に抑え込むと主張した可能性は高い。同工場が完成した場合,年間約8トンのプルトニウムを生産するが,現状ではそれを消費するプルサーマル対応の原子炉は4基しかなく,それらのプルトニウム合計消費量は年間約2トンにとどまるからである。2トンは,8トンの4分の1に過ぎない。

 河野経産相が誕生し再処理工場の稼働率の大幅低下を余儀なくされることが,昨秋の首相交代時における資源エネルギー庁や電力業界にとっての「最大リスク」であった。しかし,このリスクは,武藤経産相の就任によって,ひとまず回避されたのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3771.html)

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