世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3763
世界経済評論IMPACT No.3763

IPEFへの期待大きいASEAN

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.03.17

 2022年5月に立ち上げられたIPEF(インド太平洋経済枠組み)には,ASEANから7か国(ブルネイ,インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ,ベトナム)が参加している。IPEFは関税削減など市場アクセスが規定されていないためASEAN各国の期待は低いとの見方が多かった。

 しかし,ASEAN主要国の政府や専門家のIPEFに対する評価をみると,米国の東南アジア地域への経済的関与(あるいは再関与)として歓迎している。米国は第1期トランプ政権時にTPPから離脱し,TPPに参加していたASEAN各国(シンガポール,ブルネイ,ベトナム,マレーシア)の失望を招いた。バイデン政権でもCPTPP参加の動きはなく,ASEANとのFTAを発展させてきた中国に比べ関与のレベルが低いことがASEANだけでなく米国内でも懸念されていた。また,地政学的な観点ではIPEFは中国の影響力を減らすという面で重要との見方も出ている。

 IPEFが新たな課題を取り組む枠組みとなることへの期待は共通して大きい。IPEFは,サプライチェーンの強靭化,デジタル経済,クリーン経済などの新たな課題に取り組む協定であり,自国の取組みを補完すると期待されている(シンガポールなど)。新たな課題での協力のプラットフォームにしたいとの期待もある(ベトナム)。その結果,IPEFはASEANの経済連携(ASEAN+1FTAやRCEP)を補完するイニシアティブになることへの期待も大きい。

 具体的な分野では,ベトナムでは国内付加価値の低さ,デジタル化,気候変動(2050年カーボンゼロ)などの課題に取り組むための人材育成,専門教育,法的枠組み構築,インフラ整備に関する技術協力,資金協力で米国に期待している。シンガポールでは,クリーン経済分野での日本と協力した地域水素イニシアティブ立ち上げおよび電池と再生エネルギーでの豪州との協力が期待されている。フィリピンでは,サプライチェーンのモニタリングと運用についての訓練とシンポジウム,IPEF・STEM交換プログラムなどが米国の援助で実施され,ニッケル鉱石製錬事業に米国企業が参加することが期待されている。ASEAN主要国で高い評価を得ているのは,700万人の女性にIT技能の習得機会を提供する米国のIPEFスキル向上イニシアティブ(IPEF Upskilling Initiative)である。

IPEFへの懸念

 一方,IPEFへの懸念も大きい。市場アクセスの規定がないことへの不満は各国共通している。高いレベルのルールや基準への対応の困難さが指摘されている。

 たとえば,タイでは,デジタル経済における2019年個人データ保護法の適切な執行,また労働関係ではILOの中核的労働基準条約のうち2つの条約(結社の自由と団体交渉)が未批准であること,さらには,サプライチェーン協定での機密ビジネスデータの扱い,履行メカニズムの厳格化や,気候対策,汚職防止など参加していない国際条約があることが指摘されている。他方,IPEFからカンボジア,ラオス,ミャンマーが除外されていることは,ASEANの分断につながる恐れがあると懸念されている。

 IPEFの持続性に対する懸念も大きい。トランプ氏が大統領選挙期間中,IPEFから離脱すると発言しているためだ。トランプ大統領は就任後にIPEFに言及していないものの,TPP同様に,もし一方的な離脱を表明するとASEANの信頼を失い,中国を利することになるだろう。その場合,日本はTPP同様にIPEFの諸協定を着実に実施し,ASEANなど参加各国との協力を進め,カンボジアやラオス,さらにはバングラデシュなどの参加によりIPEFを発展させていくべきである。

*IPEFについては,高橋俊樹(2025)「米新政権の日本やIPEFなどに与える影響と対応」,ASEANとIPEFについての詳細な論考は,石川幸一(2025)「ASEANのIPEFなど米国の地域戦略への期待と展望」,いずれも『IPEFなどの米通商政策がビジネス活動に与える影響に関する調査研究』(ITI調査研究シリーズ,No.163,国際貿易投資研究所)所収,を参照願う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3763.html)

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