世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3739
世界経済評論IMPACT No.3739

産業報国~6年振りに開催された中国民営企業座談会

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2025.02.24

 2月17日,北京において,習近平国家主席が主宰する民営企業座談会が開催された。前回開催が2018年11月だから実に6年3カ月振りの開催である。この座談会には,党・政府から習近平国家主席を始め,王滬寧氏,丁薛詳氏,李強総理ら4名の党中央常務委員に加え4名の党・政府幹部が出席した。招待された民営企業家は華為の任正非氏,阿里巴巴の馬雲氏,BYDの王伝福氏など,中国の有力企業経営者31名である。

 本稿では,この座談会がなぜ6年余りも中断されていたのか,前回との相違点はなにか,そしてこの座談会で党・政府が発したメッセージは何かについて考察する。

 まず,2018年がどんな年だったのか。一言でいえばハイパー・ファイナンスによるバブルの頂点だった年である。2015年に不動産・株価が暴落し,経済が不安定化する中,回復のエンジンとなったのが,阿里巴巴,騰訊,百度といったテック企業の急成長だった。そして,不動産開発および関連分野も猛烈な勢いで成長していた。同年の座談会において習近平国家主席は,中国の経済社会にとっての民営企業の重要性を強調し,「民営企業は我々の一部である」と持ち上げた。

 同年,資産規模10億ドル以上の富豪の数は前年の609名から819名に増え,アメリカの571名に大きく差をつけた。無論彼らは民営企業経営者である。しかし,不動産開発投資が過熱し,李克強元総理が「住房不炒」を2019年に宣言,2020年からは開発業者の資金調達に対する財務規制が導入され,不動産市況は急速に悪化,以後現在に至るまで低迷が続いている。一方,テック企業では,巨大化に伴う独占の弊害が目立つようになった。加えて,阿里巴巴の金融子会社である蚂蚁金融の想定株価時価総額が中国最大の国営銀行である中国工商銀行を凌駕するという事態となった。「国有銀行なんて質屋みたいなものだ」という馬雲氏の発言も物議を醸した。雨後の筍のように生まれたプラットフォーマーに集まるビッグデータは,安全保障上の懸念ももたらすようになった。

 党・政府は上記を踏まえ,一転して民営企業の規制強化に乗り出すようになった。2020年の蚂蚁金融株式公開の差し止め,翌年のネット予約タクシー最大手の滴滴出行に対する査察と巨額の罰金,さらには,阿里巴巴が運営するビジネススクール湖畔学院の閉鎖,そして塾禁止令など,民営企業に対する逆風が吹き荒れた。富豪の拘束も相次いだ。阿里巴巴の創業者馬雲は,持ち株を手放し,中国を離れ,日本やスペインなどを転々とする生活を余儀なくされたようだ。とても民営企業座談会を開催する状況ではなかった。

 一連の規制措置により,状況は大きく変化した。不動産市況は比較的信用力の高い国営企業によって底割れが防がれ,昨年5月以降打ち出された一連の施策により底打ちの気配がみられるようになっている。巨大テック企業の有するビッグデータの国家管理も進んだ。「共同富裕」政策は,株価の低迷をもたらしたが,貧富の格差は縮小に向かうようになった。胡潤百富によれば,資産10億ドル以上を保有する富豪の数は2022年に1,113人のピークを打ってから24年には814人へと急減,着実に増加を続けているアメリカの800人にほぼ並んだ。世界のビリオネア約3,300人の資産総額15兆ドルに占める中国人富豪のシェアは18%まで減少した。トップ100にランクインした中国人富豪はわずか15名。ちなみにアメリカ人富豪の総資産シェアは37%でトップ100には40人がランクインしている。

 そして,2024年以降,改めて民営企業の重要さが浮上するようになった。まず,トランプ政権が発足し,中国に対する関税の大幅な引き上げが懸念されるようになった。中国の輸出に占める民営企業のシェアは65%に上る。しかし,民営企業の投資は不動産市況の低迷もあって低調である。昨年の民営企業の投資は前年比マイナス0.1%の減少だった。また,バイデン政権下で中国企業に対する制裁措置が急増,その対象は1,600社と4年間で倍増した。その多くが国営企業である。次に,雇用問題が喫緊の課題になっている。民営企業が吸収している雇用は80%を超える。この困難な時期,民営企業には頑張ってもらいたい,というのが党・政府の本音ではなかろうか。そうした中,民営企業の持つ技術開発力が脚光を浴びた。

 今年1月20日,全く無名のスタートアップ企業DeepSeekが僅か600万ドルの開発費用で,AI開発最大手Open AIのo1モデルの性能を上回るR1を発売した。使用しているGPU半導体はNVIDIAのものだが一世代前の製品である。法人の使用料はOpen AIの30分の1,個人は無料。これによりNVIDIAの時価総額が6千億ドル吹き飛んだ。経営者の梁文鋒氏は1985年生まれ。2015年に立ち上げたAIを使った自動株式取引ソフトを活用したファンドが成功しその資金を使ってDeepSeekを立ち上げた。ダヴィデがゴリアテを倒したと世界に衝撃が走った。「賤業」視されていた投資ファンド業界は鳶が鷹を産んだと喜んだ。党・政府にとっては民営企業の役割を鼓舞する絶好のタイミングともなった。

 こうしたことを背景に開催された民営企業座談会だが,国家主席臨席の座談会の意味は非常に大きい。まず,党・政府が民営企業の保護・育成を改めて確認したことだ。2020年以降のテック企業に対する規制強化は,民営企業家のアニマルスピリッツを阻喪させ,党・政府に対する不信感を膨らませた。株価は低迷し,それに伴い資産逃避も推定8千億ドルにものぼった。事業で成功することは政治リスクをもたらすと誰もが懸念するようになった。6年振りの座談会の目的がこうした懸念の払拭にあったことは間違いない。

 次に,出席した民営企業の顔ぶれは前回と大きく変わった。前回の出席企業は先端技術を持つ製造業が過半を占めていたが,今回は,中国の産業・経済の質の向上を通じたパラダイムシフトを牽引する企業が目立った。座談会では雛段の中央に習近平国家主席が座り,左右を常務委員が固める。参加者は,前中後三列にそれぞれ10名ずつ座るが,前列中央が最も重要視される企業である。前回の前列中央は情報セキュリティーの東軟集団が座り,その左右が自動車部品の万向集団と機械製造の時代集団だった。騰訊は前列左端であり,BYDは後列真ん中,小米は中列左端だった。今回は,前列真ん中に農業コングロマリットの新希望集団が座り,その両側に華為とロボット開発製造の宇樹科技が席を占めた。この他,BYD,阿里巴巴,CATLも前列に座った。騰訊の席は前回と同じだった。前回は参加できなかった美団は中列に座を占めた。DeepSeekの梁文鋒氏も参加するのではないかと見られたが,彼は1月に開催された党中央政治局会議にゲスト出席した(席は李強首相の隣)。

 党・政府に睨まれたといわれる阿里巴巴の馬雲氏が出席したことは,党・政府が巨大テック企業に対しこれ以上の規制は行わないというメッセージとも取れる。論功行賞の意味もある。BYDの躍進は周知のところだ。美団の出席は雇用創出の功績を認められたためではないか。同社は800万人におよぶ配送員を抱えている。就職難に苦しむ人々にとって配送員の仕事は手っ取り早い収入の手段である。美団は,こうしたギグワーカーに対する福利厚生を充実させている。希望集団が前列真ん中,習近平国家主席の正面という最高の座を占めたのは,党・政府が農業,農村をことのほか重視していることの現れとみられる。黒竜江省斉斉哈爾の乳業メーカー飛鶴集団は初めての出席で前列の座を射止めたが(前回同じ席に座ったのは飲料メーカー大手の娃哈哈だった),これも同じ文脈でとらえることができるだろう。東北開発の梃入れという意味合いもあるかもしれない。

 今回の民営企業座談会では,企業側からも様々な要望や提案が出された。いずれも個々の企業の利害を踏まえた上で,民営企業の置かれた厳しい状況を訴えるものだった。政策変更のリスク,資金調達における国営企業優遇,国営企業が優勢的な立場を利用し民営企業に対する売掛金の支払いを遅らせること,さらには,徴税機関による民営企業に対する恣意的な徴税と罰金,あるいは検査といった問題は,従前からあったことだが,改めてこうした問題が浮き彫りにされた。

 これに対し,座談会翌日,国家発展改革委員会と工業信息部は,相次いで民営企業とくに中小企業の支援・育成を積極的に行うという声明を発表した。とくに,財政難に苦しむ地方政府による4乱(乱収費,乱罰款,乱検査,乱査封)の是正が強調され,これに関わる法整備の加速が謳われた。もっとも,民営企業も3乱問題(乱決策,乱投資,乱担保)を抱えているので,どっちもどっちかもしれないが,これら3乱問題の多くが不動産開発関連企業で横行していたものであり,大分落ち着いてきている。

 かつて李克強元総理は,民営企業は中国経済の背骨であると言った。税金の50%以上,GDPの60%以上,技術創新の70%以上,雇用の80%以上,企業数の90%以上を民営企業が占めている。シリコンバレー型のスタートアップ企業は60万社にのぼり,ユニコーン企業は1.5万社に達している。中国経済発展の潜在力はこうした民営中小企業にもある。その意味,6年ぶりに開催された民営企業座談会の意義は決して小さなものではない。但し,規制強化とそれに対する企業家の不信が醸成された6年間を通じ,民営企業の在り方は,単なる金儲けではなく,国家戦略を踏まえた「産業報国」であることは,前回から変わってはいないと思うし,その傾向はさらに強まっているのではないかと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3739.html)

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