世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
液化水素のSC構築を着実に進める川重:水素の逆襲はここから始まる
(国際大学 学長)
2025.02.03
GX(グリーントランスフォーメーション)の柱の一つである水素・アンモニアの供給拠点形成レースで,水素は,アンモニアに押され気味である。アンモニアの場合には,それを混焼することにより二酸化炭素排出量の削減をめざす石炭火力発電所という明確なオフテーカー(買い手)が存在するのに対して,水素の場合には,はっきりとしたオフテーカーが見当たらない。2023年にGXが始まった当初,主役になると見込まれていた水素が,アンモニアの影に隠れて後景に退きつつある背景には,このような事情がある。
逆風が吹き始めたなかで,ひとり気を吐き水素の旗を守り続けているのが,川崎重工業(川重)である。例えば,2024年5月に資源エネルギー庁が発表した「令和6年度非化石エネルギー等導入促進対策費補助金」に係る間接補助対象事業に選ばれた10件のうち水素に関係するものは6件あるが,その半分の3件は川重自身が採択事業者になっており,ほかにも関西電力が採択事業者となった播磨・神戸地域での案件にも川重は深く関与している。また,GXのシンボルと嘱目されてきた川崎市臨海部・扇島地区の再開発も,ENEOS中心から川重グループ中心への事業主体の編成替えがなされた。
川重は,液化水素に焦点を合わせて,水素ビジネスを進めている。2024年9月,川重神戸本社を訪ねて幹部の方々と懇談するとともに,液化水素事業にかかわる諸施設を見学する機会を得た。
まずは,川重神戸工場にメンテナンスのため停泊中だった,2019年12月進水の世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」に乗船した。全長116m全幅19mの同船は小ぶりだが,すでに日豪間3往復を含む世界中の海を航海済みで,早くも「歴戦の勇士」のたたずまいをただよわせていた。青に塗られたタンクドームの下の船体に設置された1250㎥の液化水素タンクは,真空保持のため特殊ドーム構造をとり,ステンレス製の断熱二重殻となっている。零下253℃の液化水素を取り扱うため,クネクネと張り巡らされた配管の多くは断熱二重構造をとる。長距離航海に対応するため,25名の乗組員用の快適な個室も設置されていると聞いた。
この「すいそ ふろんてぃあ」はパイロット実証船の位置づけであり,川重は,今後,液化水素タンクの容量を4〜8万㎥にした中型船,16万㎥にした大型船を開発する予定である。2030年に向けては,中型船の引き合いが多いそうだ。
その後,神戸空港島の一角にある船舶・陸上基地間の液化水素荷役実証ターミナルHy touch神戸,および神戸ポートアイランドにある水素CGS(コジェネレーションシステム)活用スマートコミュニティ実証地も見学した。これらの現場では,非常時の緊急離脱装置やベントスタックが設置される等の徹底的な安全対策を施していること,水素混焼時の燃焼効率を向上させる不断の努力を払っていることが,印象的だった。
水素に関する大口のオフテーカーの出現が直ちには見通せない現状において,川重は,中小規模の需要を丹念に拾い上げ,液化水素のサプライチェーンを構築することに力を注いでいる。その視野は,日本国内だけでなく,地球全体に広がる。直近は逆境下にあっても,長期的にはカーボンニュートラル化の主役が水素であることには揺るぎがない。水素逆襲の旗手・川崎重工業の鼻息は荒い。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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