世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国原油産業での相反する動き:緩やかな原油生産と活発なM&Aは何を意味するか
((株)東レ経営研究所産業経済調査部長 チーフエコノミスト)
2024.12.09
米国の緩慢な原油生産
最近の米国原油生産は依然として緩やかである。2024年1-10月平均が日量1,320万バレルに満たず,23年平均(同1,294万バレル)から30万バレルも増えていない。25年についても米国エネルギー情報局(EIA)によると,前年から30万バレル程度の増加にすぎないとする。2010年代の年間増加分(平均日量70-80万バレル)と比べると,かなり鈍化している状況だ。カンザスシティ連銀による事業者アンケート調査を見ても,採算をとるための想定原油価格は60ドル台に対して増産をするための想定原油価格は90ドル前後とかなり高い。このような高価格の背景には,金融機関など投資家の財務規律の圧力があり,事業者に増産より債務返済,配当増加,自社株買い,環境関連投資等を求めているためだ。
一方,米国企業のシェール権益をめぐるM&Aは活発だ。2023年には石油メジャーのエクソンモービルによるパイオニア・ナチュラル・リソーシズの買収,シェブロンによるヘスの買収など大規模M&Aが発表され,24年も石油企業大手のコノコフィリップスによる買収などが発表された。調査企業のEnverus Intelligence Researchによると,今後も米国企業によるM&Aの動きは続くとする。
このような米国石油企業の財務規律重視とM&Aによる掘削在庫拡大の動きをエネルギーコンサルタントのRystad Energyは「Shale 4.0」の時代に入ったとしている。では米国の抑制された原油生産と活発なM&Aという一見相反する動きをどのように解釈すればよいのだろうか。世界の脱炭素の流れが停滞へ
世界ではパリ協定の批准以降,各国において脱炭素に取り組まれてきたが,近年,脱炭素の流れが停滞する兆しが見られる。EVは各国での購入支援に基づき,中国や欧米で市場が拡大してきたが,EVの普及一巡と購入支援の廃止・削減もあって24年に入るとEV市場が減速してきた。EVのさらなる普及にはEVの高コストや不十分な充電施設などの課題を解決する必要がある。再生可能エネルギーも風力や太陽光を中心に整備が進展してきたが,ここにきてコスト高や中国依存のサプライチェーン,貧弱な送配電網などの問題が顕在化しており,一層の普及は難しい。
世界の水素生成プロジェクトについても,政府からの補助等を受けて発表件数は増えているものの,そのペースは緩慢だ。その理由として,厳格な支援条件に加えて将来需要が依然として不確実なことがあり,資材高や人手不足などのコスト高も相まって中止に追い込まれたプロジェクトもある。こうした需要不足を補うべく,各国公的機関等によって値差支援などが繰り出されてはいるが,即効性は期待できない。
SAF(持続可能な航空燃料)などバイオ燃料について航空産業の脱炭素化への期待が高まるものの,将来の需要増を満たす原料が確保できるかどうか不安視される。世界のCCUS(二酸化炭素回収・貯留・利用)のプロジェクトの発表件数も増えているが,CO2パイプラインの敷設などインフラ整備が課題とされる。
脱炭素化は時間がかかる!
こうした情勢を踏まえて,米国石油企業は,脱炭素化は時間がかかるとの見通しを強めているのだろう。彼らはこれまでの財務規律と脱炭素の取り組みを継続しつつ化石燃料事業の存続・強化に踏み切ったのではないか。そして化石燃料回帰を叫ぶトランプ前大統領の再選でその動きは明確なものになったといえる。
ただトランプ前大統領の再選が米国の原油生産を増やすことにつながるかどうかは米国企業の財務規律重視の姿勢から今のままでは難しいだろう。もちろんトランプ次期大統領がこうした米国石油企業の姿勢を許すとは考えにくい。今後の第2次トランプ政権の環境・エネルギー政策の具体的な内容を注視する必要がある。
- 筆 者 :福田佳之
- 地 域 :アングロアメリカ
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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