世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3567
世界経済評論IMPACT No.3567

最高裁判決で議事堂襲撃事件は無罪となるか

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.09.23

 4件のトランプ裁判のうち,7月1日に下された連邦最高裁の大統領免責判決によって最も大きな影響を受けたのは,連邦議会議事堂襲撃事件の裁判である(注1)。この事件は,2020年の大統領選挙で当選したのはバイデン候補ではなく自分だとし,トランプ前大統領(以下,トランプ)に扇動されたトランプ支持者が2021年1月6日,連邦議会議事堂に乱入し,大統領選挙の最後のプロセスである大統領選挙人確定手続きを妨害したが,結局失敗に終わった事件である。

 事件は,ガーランド司法長官が任命したジャック・スミス連邦特別検察官が2023年8月1日,トランプを4件の罪状で起訴し,裁判はコロンビア特別区連邦地方裁判所のターニャ・チュトカン判事(注2)を裁判長として行われることになった。4件の罪状は,①大統領選挙人の確定という公的手続きを妨害した重罪2件,②国家に対して詐欺を共謀した重罪1件,③米国民の投票の権利を侵害した重罪1件である。

 公判に先立ち,トランプ弁護団はチュトカン判事の忌避を求めるともに,「大統領在任中の行為は訴訟の対象にならない」と主張したが,連邦控訴裁判所は2024年1月,大統領の免責権は憲法も支持していないとしてトランプの主張を全会一致で却下した。しかし,トランプはこれを不服として連邦最高裁判所に上告し,連邦最高裁は2月28日,この上告を受理した。このため,チュトカン判事は3月4日の公判開始の予定を取り下げ,裁判は中断されたままになっていた(本コラムの拙稿2024年4月29日付No.3398参照)。

 7月1日,最高裁は連邦控訴裁の判決を破棄し,公務における大統領の免責権を認めた。しかし,スミス特別検察官は,この最高裁判決によっても,トランプは上記の4件の罪状で起訴されるべきと判断し,「第45代米国大統領」といった公職に関連する記述や,トランプの大統領としての公式行為に関連すると解釈される可能性のある部分を排除するなど,当初45ページの起訴状を36ページに再構成し(注3),8月30日にチュトカン判事に提出した(注4)。

 その後,チュトカン判事,検察官およびトランプ弁護団は9月5日,今後の裁判について協議したが,トランプ側弁護士は,大統領免責に関する詳細な議論は選挙後にしたいとし,裁判再開の日程は決まっていない。

 しかし,最高裁が公務における大統領の免責を認めた以上,トランプが有罪となる可能性は少なくなったと筆者はみる。仮に11月5日にトランプが当選し,第47代大統領に就任した場合,トランプは司法長官に命じて本訴訟をすべて破棄する。トランプが落選し,本訴訟でトランプが有罪となった場合,トランプが最高裁に上告すれば,最高裁は議事堂乱入事件に関連するトランプの行為をすべて公務とし,トランプを免責する。

 つまり,当選しても当選しなくても,トランプは刑事罰から免れる可能性が高いのではなかろうか。2021年1月6日の朝,トランプはホワイトハウス前の広場に群衆を集め,扇動して議事堂に侵入させ,暴徒と化した群衆は「ペンス(副大統領)を吊るせ」と叫んで議事堂内を跳梁跋扈し,ペンス副大統領やペロシ下院議長を議事堂外に追い払った。この間,トランプはホワイトハウスで議事堂内の混乱した状況をテレビで見ていながら,暴徒を制止しようともしなかった。自分の主張を優先し,平和的な政権移行という米国の伝統を踏み躙った一連のトランプの行動が,なぜ大統領の公務として認められ,刑事罰から免責されなければならないのか。「米国のすべての大統領は,公務行為に対して訴追される可能性があることを前提として行動した」(注5)。にもかかわらず,この自制の枠を撤去し,大統領を超法規的存在に押し上げた7月の最高裁判決の影響は計り知れない。

 9月10日に行われたハリス副大統領との討論会で,トランプは議事堂襲撃事件について問われると,間髪を置かず,「事件は自分とは無関係だ。事件はペロシ下院議長と防御に当った警察官によって起こされた」と虚偽の主張を行い,投獄された暴徒は「人質」とされ,ひどい扱いを受けてきたと非難した(注6)。トランプが再選されれば,彼らが恩赦されるのは言うまでもない。

[注]
  • (1)4件のうち口止め料裁判については,本コラムの拙稿2024年9月16日付No.3564参照。
  • (2)任命したのはオバマ民主党第44代大統領。
  • (3)詳細は次を参照。8月27日付New York Times(以下,NYT),Special Counsel Reuses Trump Election Indictment to Address Immunity Ruling,同日付Washington Post(以下,WP),New Trump Indictment Tries to Salvage Case after Supreme Court Ruling
  • (4)司法省には暗黙の慣例として,有権者の投票行動に影響を与えることがないように,起訴状は投票日の2ヵ月以前に提出するという60日ルールがある。スミス検察官はこの60日ルールの期限である9月5日の前に改訂版の起訴状を提出した。
  • (5)8月28日付WP, Ruth Marcus, A New Indictment Points to Trump’s Illegal Act – and Justices’ Error.
  • (6)9月14日付,更新版9月16日付NYT,Republicans Don’t Want to Talk about Jan. 6. Trump Can’t Help Himself. この記事によると,トランプはニュージャージ州にある自分のゴルフ場でイベントを開催したり,フロリダの自宅マール・ア・ラゴで夕食会を開いたりして被告の家族らを支援している。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3567.html)

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