世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
暴走老人と物忘れ老人の,米国版“天王山”
(関西学院大学 フェロー)
2024.06.24
2024年大統領選挙戦は11月5日の投票までに,既に5ヶ月を切るに至った。
残り必要な選挙人の数は,トランプ35名に対し,バイデン44名と,バイデンが劣勢にある。バイデンが,最終的に勝ち上がるには,どういう手を戦術的に繰り出して行けば良いのか・・・筆者がバイデン選対の選挙参謀にでもなったつもりで,色々と勝手な策を考えてみたい。
6月20日を起点として,11月5日の投票日までのスケジュールを見通せば,4つの軸となるイベントが続く。
それらは,6月27日の両候補者によるテレビ討論(CNN主催),7月15日~18日にかけてウィスコンシン州で開催される共和党大会,その1ヶ月後の8月18日~22日に開かれるイリノイ州での民主党大会,そして9月10日に予定される2度目のテレビ討論(ABC主催)だ。
先ず,第1回のテレビ討論を優位で乗り切ることである。候補者同士のテレビ討論案は,トランプ側の申し入れが先にあったわけだが,討論の回数(2回)やそれらの具体的日時は,実質的に,バイデン側のイニシエィブで決まったと思われる。
トランプが,マンハッタンの裁判所で,ストーミー・ダニエルズ女史の毒舌を浴びながら,屈辱の数週間を送っていた頃を見計らって,バイデン選対が,2回のテレビ討論を提起したのだった。それにトランプ側が飛び付いた。
第1回目開催のタイミングは極めて異例。トランプが,形式上,共和党候補にもなっていない段階で,現職大統領のバイデンが挑んだのだ。しかも,その討論のルールなどは,恐らくはバイデン側の主張通りとなったのではないだろうか・・・。
逆に言えば,トランプが,それ程までにバイデンとの直接討論を望んだのであろう。共和党大会での候補者選びに際して,一度も討論会を受け入れなかったにもかかわらず・・・。だからこそバイデンに有利な討論スケジュールやルールを,トランプは受け入れたと考えられる。
CNNが,両陣営の同意を得て公表したルールは以下のようなもの。
時間は90分,冒頭の演説はなし。両候補から,それぞれの主張や質問を5分以内で相手に投げかける。どちらが最初に主張・質問するかはコインのトスで決められる。当該の主張・質問への回答は2分以内で行なう。続いて,その回答への再批判,もしくは再反論が1分。以後このような同様のルールで,個別テーマが討論される。その際,回答や反論時間も,2分なり1分。所与の時間の終了5秒前になると,手許の赤いランプが点灯する。発言者が,制限時間を超えると発言中の当該候補のマイクが消音される。
討論中継中,コマーシャルの放映時間が2回あり。それが唯一の休息時間となる。しかし,そのオフ・タイムといえど,側近達やアドバイザーが候補者に近づくことは禁じられる。なお,会場に聴衆は入れない。
両者が討論するのは,前回の大統領選挙時の2020年10月以来。あの時は,トランプが発言中のバイデンに,幾度となく噛みつき,それをバイデンが批判する。そんなやり取りが頻繁に発生した。
だから,今回は,一方の当事者が発言中は,他方の候補者のマイクは消音されるという。マイクが消音されていても,トランプのこれまでのやり方を見ていると,地声のまま,バイデンの発言を妨げることは充分にあり得るが,それをCNNの司会者がどう捌くか,筆者の関心はそんなところにも向かう。
このテレビ討論のために,バイデン選対は大統領の時間を十二分に確保し準備している。バイデンはイタリアでのG7出席の後,ウクライナ和平のための国際会議をハリス副大統領に任せ,自身は早々と帰国。カリフォルニアでの資金集め集会に出席の後,討論のリハーサルに十分な時間を充てている。
他方トランプは,厳密な討論リハーサルは行なわない模様。これまでの当為即妙なトランプ流の攻撃がバイデンには最も有効と考えているのであろう。トランプ選対の説明では,トランプは主催者のCNNを,自身に敵対的メディアと位置づけている。恐らくはトランプは,テレビの先の視聴者,とりわけ自分の支持者達に,CNNはバイデン側に立って,自分を陥れようとしていると,訴えるつもりではなかろうか・・・。
バイデンはこの討論で,民主主義への脅威,中絶問題,更にはトランプが打ち出している経済政策,とりわけ富裕層への減税案などを取り上げるつもり。対してトランプは,物価高騰,或は,不法移民急増等への責任追及や,ウクライナやガザでの戦争がバイデンの大統領任期中に起きたことを取り上げ,自分ならばそんなことを起こさせなかった,との論陣を張るつもり。要するに,両陣営とも,それぞれの候補者自説を展開し,相手の本性を曝け出させることが出来れば,自ずと勝敗は決まると,言い張っているのだ(NYT 2024年6月15日)。
尤も,多くの民主党関係者は,トランプの今までの行動様式から見て,今回討論でも口汚い攻撃を仕掛けてくるのは必至(民主党Van Hollen上院議員)だとし,討論がトランプのバイデン批判で彩られ,バイデンが十二分に反論し得なかった,との印象が残ってしまうことを最も恐れている模様。トランプからすれば,テレビを通じての自己露出が,己の影響力にとって何よりの妙薬なのだから,恐らくバイデンを攻撃しまくるだろうと・・・。
多くの民主党関係者は,そんなトランプに対し,バイデンが,「トランプこそ重大犯罪人だ」と切り返すことを願っている。これまでバイデンは,そんな態度を取らずに来た。「自分への罪過追求は司法を使った魔女狩りだ」とすトランプの主張を,逆に裏打ちするものと捉えられかねないためだ。
処が,マンハッタンでの裁判で有罪判決が下った今は,多くの民主党関係者にとっては,「状況が変わった。むしろ,今こそ,トランプを重要犯罪人と決めつける時期」のように映っている(NYT 2024年6月1日)。バイデンが,姿勢を変え,トランプを犯罪人と決めつけかどうかも一つの見所であることは間違いあるまい。
一方,民主党関係者は,討論中に,バイデンが言葉を言いよどんだり,名前を失念したりといった,老人特有の物忘れ現象を起こさないか心配している模様。もしそんなことになれば,致命傷になりかねない。
以下は,筆者の思いつきだが,トランプは現在,7月15日からの共和党大会に向け,自らの副大統領候補を人選中だ。NYT(2024年6月14日)によると,トランプは副大統領候補の人選尺度は,従来から言われていた外交能力や対議会調整能力,或は支持基盤の補完性などではなく,資金調達力,選挙の達人,そして討論能力の3つとのこと。そんなトランプ独自の発想からすると,筆者は初回のテレビ討論で,トランプが副大統領候補名を公表することも十二分ある気がしてきている。討論の場で,想定外に,敢えて唐突に,副大統領候補を発表すれば,バイデンがいくら実績を強調しても,マスコミの関心は当然副大統領候補に向う。その関心を,巧く継続できれば,3週間先の共和党大会まで,その話題の鮮度を持たせることが出来る。今回討論会を通じて有権者のバイデンへの関心を,トランプの副大統領候補発表が封じてしまう効果も期待出来るのではなかろうか・・・(筆が走りすぎたかもしれないが,あくまで一つの可能性として)。
筆者が,こんな問を提起するのは,バイデンの立法実績が,必ずしも有権者の脳裏に埋め込まれていないからだ。勿論,大学生の奨学金返済免除や各種経済立法などを,折に触れ,自身の実績として自賛してきた。だが,これらのアジェンダは,米国社会内に賛否両論がある,謂わば,争点含みの案件である。だから,一方に賛成論者がいる反面,他方には反対論者がいて,そうした案件をバイデンが自己の実績だと主張しても,それを,“誰もが認める”と迄は言い切れないのだ。現実はむしろ,トランプの格好の攻撃材料にすらなりかねない。
故に「実績として強調すべきは,有権者総体がそれを成果と認めるものでなければならない。それが譬え,細か過ぎるものであっても,それらを具体的に強調する方が良いのだ」(NYT 2024年6月7日)とホワイトハウスの経済アドバイザー,ブレイナード女史は指摘する。誰もが認める立法実績として,彼女が挙げるのは,例えば,クレジット・カード代金支払いの遅延金利を大幅に引き下げたこと,或は,糖尿病の薬であるインシュリンの患者負担コストを引き下げたこと,補聴器購入補助を大幅に引き上げたこと,メディケアー経費の患者負担に上限を設けたこと,社会の安全維持のため警察関連経費を大幅に増やしたこと,メキシコとの国境を警備するため,人員の大量増員を行なったこと等々だ。
こうした実績は,経済政策全般や物価上昇率などと言った,マクロの大きな事案に比べて,細かく滅多に人々の口に上らない。それ故に有権者の認知度も低いが,その実績が知れ渡れば,有権者の反応は自ずと変わってくるだろうと・・・。ブレイナード女史は「この種の,人々の生活コストを削減する実績“cost-lowering agenda”の強調こそ,最も生活に密着し,それ故,最も有権者の賛同を得やすいテーマなのだ」と主張する。要は,この種の実績も,今回の討論会の場で,バイデン自身の口から披瀝すべきで,逆に言えば,こうした個別具体的な施策こそ,トランプ自身が詳細を知らず,それ故,反論も出来ないテーマなのだと・・・。
いずれにせよ,バイデンは,6月27日のテレビ討論を,それ以降の,11月までのトランプ批判の発射台と位置づけ,その討論の場では,自身の実績を誇り,同時に,トランプ批判の材料を有効且つ的確に,有権者の前に提示しなければならない。
そう考えると,CNNが公表した討論会のルールそのものが,バイデンとしては個別具体的に,細かいテーマに絞って実績を強調しやすい,都合の良いフォーマットに見えてくるではないか・・・。尤,そのフォーマットをバイデン自身が巧く使いこなせるか否かは,別問題だが。
第1回テレビ討論の後は,バイデン・ハリスのチームは,専ら激戦州対策に集中するだろう。何故なら,有権者の関心は,自ずと7月中旬の共和党大会に集まるからだ。バイデン選対としては,広告媒体を使って,専制主義者としてのトランプの詳細を一層拡散させるだろう。「リンカーンの共和党が,今やそのような党首を担ごうとしている」と,穏健派共和党員や,トランプに傾斜しつつある一部の黒人・ヒスパニック系有権者層に,改めてトランプ共和党への警戒心を惹起させるような政治広告を打つのではなかろうか。そして,その際には,マンハッタンの裁判で有罪判決を受けたトランプ像が大いに活用されるはずだ。
激戦州6州で,バイデンが必要な追加44名の選挙人を集めるには,6州への選挙人の振り分け状況を前提にすれば,9通りの組み合わせがあるという(例えば,最も選挙人累計数が多くなるのは,ジョージア,ミシガン,アリゾナ,ウィスコンシンの4州で勝つ場合で,その結果,バイデンが手にする選挙人累計は,278人となる。反面,追加人数が最も少なくて,且つ勝てるのは,ペンシルバニア,ウィスコンシン,ミシガンの3州を取った場合で,累計選挙人の数は270人丁度となる。
そうした計算を前提に,バイデン選対が最も重視するのは,ペンシルバニア州(選挙人数19人)だ。ここにはバイデン陣営の全米選挙本部が,首都ワシントンと並んで置かれている。同州は,バイデンにとって第二の故郷。ここで負けるようなら,そもそも全米で勝てるはずがない。だから,どうしても押えなければならない州なのだ。
しかし,この州は西のフィラデルフィアと東のピッツバーグの2大都市圏に分かれ,その2カ所には労働者組合員も多く,典型的な民主党の基盤地域。一方,この両都市圏の間の地域は農村地帯で,典型的な共和党の支持基盤。だから,この2大都市圏での民主党基礎票を,どうすれば取り溢さずに,更には,もっと取り入れることが出来るかが鍵となる。
6月15日時点の,Five Thirty Eight調査によるペンシルバニア州での支持率は,バイデン41.3%,トランプ42.8%でほぼ同等と言える僅差である。
この僅差を,バイデンは対中鉄鋼輸入への関税大幅引き上げや,新日鉄のUS Steel 買収へ待ったをかける姿勢を打ち出すことなどで,鉄鋼や自動車産業の労組票・黒人票の支持を固め直し,形勢を有利にしようと必死である。
6月27日のテレビ討論に際しても,ペンシルバニア特有の問題をどう打ち出し,同州の民主党有権者を結集させることができるかも見所となるだろう。
同州に関して気になる点は,昨年,同州民主党は,有権者登録を自動的に行えるように仕組みを変更したが,この変更が,放っておけば棄権すると目されていた非大卒のヒスパニックや黒人の若者達の投票場への途を切り開いた可能性があることだ。彼ら(本来なら棄権したかもしれない若者層)は,制度改正により,投票し易くなって実際に投票する可能性が高まったと推察できるからだ。そして,これらの若者層の,共和党支持(と自己申告した比率)が,民主党のそれを6ポイントも上回っていた。筆者は,このことも気になって仕方がないのだが・・・。
バイデン選対が,重視するもう一つの州がウィスコンシン(選挙人数10名)である。ここは共和党が7月に全国大会を開催する州。バイデン選対が,もっとも早い時期から州内各地に多くの選挙事務所を開設し,人員を雇い入れて,草の根ベースでの運動を続けていた州である。更に,この州の選出共和党議員だったリズ・チェイニー女史が反トランプで,結果,共和党下院ナンバー3の座を剥奪され,党を追われたことは周知の事実。逆に言えば,バイデン民主党は,そんな共和党穏健派と協働できる余地も,恐らくあるはずではないか・・・。
ウィスコンシン州に関しての,上記Five Thirty Eightの調査では,トランプ支持率41.6%,バイデン支持率41.1%と,これ亦互角の形勢である。直近,トランプは何かの折に,「ウィスコンシンは恐ろしい」と発言した由。それに対し,同州民主党関係者が「嫌なら来るな」と返した話が,面白可笑しく報じられていた。
バイデン陣営が,このウィスコンシンでも勝てれば,後はミシガン州(選挙人数15名)を取れば,勝利に至る。そして,このミシガン州での,Five Thirty Eightの調査は,トランプ支持率41.8%,バイデン支持率41.3%。ここも亦僅差。
しかし,上記の内,例えばミシガン配分の選挙人15名を失うと,その挽回にはジョージア(選挙人16人)で勝つか,或はアリゾナ(選挙人11人)とネバダ(選挙人6名)で勝たねばならない。しかし,そうした代替州で勝つことは,ミシガンで勝つことよりは,少なくとも難しい情勢のようだ。
以下は,そんなSun-Belt諸州での難しさを,Five Thirty Eight調査の両候補への支持率対比の形で示しておこう。
- ジョージア州 トランプ支持率43.5% バイデン支持率38.8%
- アリゾナ州 トランプ支持率42.0% バイデン支持率39.4%
- ネバダ州 トランプ支持率42.3% バイデン支持率37.8%
いずれにせよ,上述した激戦州での風向きを,少しでもバイデン側有利な方向に変えるためにも,6月27日の第一回テレビ討論で,バイデンが如何に上手く,それぞれの激戦州での有権者たちの関心事項を,己の実績と今後取り組むべき政策枠組みの中に取り込み,当該州の有権者にアピールすることが出来るか…。そういった意味では,バイデン選対は,今まさに,いかなるテーマをテレビ討論の売りにするか,映画のプロデューサーの如き役割を演じる立場に立たされているわけだ。
関連記事
鷲尾友春
-
[No.3612 2024.11.11 ]
-
[No.3604 2024.11.04 ]
-
[No.3601 2024.10.28 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]