世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
EV化にブレーキをかける米欧メーカーと加速する中国
(多摩大学 客員教授)
2024.05.06
4月25日,北京モーターショーが開幕した。出品車両の80%がEVである。会場では,3月末にEVを上市したスマホメーカーの小米の雷軍総裁がEVの巨頭BYDの王伝福総裁に自社開発のSU7を紹介するという一幕もあった。小米が開発したEVは消費者の話題をさらい,発売発表後24時間で9万台近い仮予約が殺到した。
中国でのEV化は加速する一方である。年第1四半期の乗用車の販売台数は482.9万台,前年同期比13.1%の伸びだった。EV(含むハイブリッド車)の販売台数は131.9万台で34.3%増加した。EVの浸透率は27%だが,3月単月では37%に上る。同じく民族系メーカーの販売に占めるEVのシェアは51%に達した。乗用車全体では55.1%に及ぶ。
一方,外資系,とくに米系メーカーはEV化にブレーキをかけ出した。
とくにフォードの発表には衝撃が走った。2021年,フォードは世界最大のEV自動車メーカーになることを目指すと宣言し,2026年のEV販売目標台数を200万台以上とした。これは世界のEV市場シェアの3分の1に相当する。そして2030年に世界市場の50%を目指すとぶち上げ,2022年に自動車事業をEV部門(Ford Model e)と内燃機関車部門(Ford Blue)に分割するという大規模な再編計画を発表した。2022年から2026年の間に,EVとバッテリー関連製品の開発・製造に全世界で500億ドル以上を投資するというものだ。しかし,フォードのEV転換は順調ではなく,当初計画だった年間60万台のEV生産は延期され,パワーバッテリー工場建設計画も延期された。今年1月,フォードのCEOは,EV生産ラインの閉鎖を発表した。EV転換は挫折した。
ゼネラルモーターズ(GM)はミシガン州で計画していたEVトラック第二工場の建設計画の延期を昨年10月に決めている。またアップルは今年に入って,約10年間かけて進めてきたEVスマートカーの開発・製造事業を停止すると発表した。
確かに先進諸国の自動車産業がEVに転換するのは決して簡単なことではない。開発コストの負担が増加するだけでなく,エンジンや燃料関連機器の開発製造部門の縮小だけでなく部品メーカーにも大きな打撃を与える。充電ポストの拡充も大きな課題である。なによりも価格が従来のガソリンエンジン車に比べ割高である。しかも,ガソリンエンジン車であれば,長年にわたって整備されてきた中古車市場があり,リサイクル制度も整っている。しかし,EVのバッテリーの4R事業(Reuse,Refabricate,Resell,Recycle)はまだ試験段階であり,中古車の評価制度もこれから,という状況だ。自動車は単なるモビリティーの手段だけではなく,様々な社会インフラや制度の拡充を必要とする。これらの整備には時間がかかる。これらのコストや時間を勘案すれば,果たしてEV転換にまっしぐらに突き進むのが良いのかどうか,経営陣ならば立ち止まって考えるだろう。
これに加え,米国の場合,全米自動車労組(UAW)の「復活」がある。昨年9月UAWはBig3を相手に長期ストを敢行,時給33%アップの40ドルを会社側からもぎ取った。この背景の一つがEV転換に伴うエンジンと関連工場でのリストラ懸念である。UAWの勝利は1936年にGMのミシガン州フリント工場で行われた賃上げ要求ストの成功に匹敵する勝利とも評された。賃上げに伴う労務費負担の増加や,さらにEV転換にともなうリストラ費用等を勘案すれば,EVへの大規模投資にためらいが生まれるのはやむを得ない。
欧州メーカーにもためらいの兆しが出ている。3月に行われたメルセデス・ベンツの2023年度決算説明会において,2025年に販売台数の半分をEVにするとの目標を2030年に繰り延べすると発表した。但し,中国市場においては従来の計画通り,EV化を進めるという。アウディは昨年末,EV開発のスケジュールを遅らせると発表した。
一方,フォルクスワーゲンは強気だ。対中直接投資がシュリンクする傾向を見せている中,同社をはじめとするドイツ系自動車メーカーの対中投資は右肩上がりの傾向を維持している。少し古くなるが,2021年のEUの対中直接投資の40%がドイツ系自動車メーカーによるものであり,ドイツ一国の対中直接投資で見れば70%ものシェアを占めている。とりわけ目立つのが,中国での研究開発投資である。2022年で見ると,フォルクスワーゲンは自前のR&Dセンター6か所,現地メーカーを含む合弁のR&Dセンターを12か所も保有している。同社が中国に最初のR&D拠点を設けたのが2017年なので,急速な充実振りだ。フォルクスワーゲンにとって,中国市場は第二のホームマーケットになっているといって良い。
ドイツ系メーカーにとって,中国は極めて重要な輸出拠点でもある。昨年,中国の自動車輸出台数は日本を抜き去って400万台を超えた。その中身を見ると91万台が外資系メーカーの製品だ。上海テスラがリーダーだが,これに上海フォルクスワーゲンが続く。国内市場の劣勢をカバーしているのが輸出である。EUにおける中国製自動車の市場シェアは20%前後だが,その過半は外資系,とくにドイツ系メーカーの製品である。国内市場でのシェアダウンは,市場規模の拡大によってカバーし,さらに足らざる部分は輸出拡大で対応,そして現地でのEV開発を加速する,これらによって売上を維持拡大するというのがドイツメーカーの戦略であるといえる。
一方,日系メーカーの市場シェアは2021年の22.6%から今年第1四半期には15.1%まで縮小した。EV化が急がれることは言うまでもないが,台湾有事の影のせいかどうか,中国での新規投資には及び腰,というのが実情のようだ。
このままじり貧に陥らないためには,取り敢えず3つの策があると思う。まず,日本勢が強みを持つハイブリッド車の拡販に力を入れること。中国ではハイブリッドもEVのカテゴリーに入っている。バッテリーEVの普及が急速に進んでいるとは言え,発火事故などの品質問題や,数は揃っているが偏在やメンテ不備といった問題が目立つ充電ポストの問題等の解決には一定の時間を要する。とはいえ,二酸化炭素排出量は削減しなければならない。一挙両得なのがハイブリッド車だろう。BYDにしても売り上げの半分近くをハイブリッド車が占めている。また,既述の課題もあってか,ハイブリッド車の生産・販売は好調である。今年第1四半期の生産を見ると,バッテリーEVが117.6万台,ハイブリッド車が77.7万台だったが,伸び率は前者が6.4%,後者が77%とハイブリッド車の伸びがバッテリーEVを圧倒している。
次に,三線・四線都市(人口300万人以下の都市)を重視することだ。中国の場合,これら中小都市の乗用車保有率は人口千人あたり100~200台程度に留まっている。飽和と言われる水準が300台とすれば,まだまだ拡大の余地がある。しかも,充電ポストは沿岸部の大都市に集中しているので,地方のエンジン車需要は未だ根強い。さらに,今年から政府は消費喚起策として「以旧換新」政策を推進している。自動車を買い替える場合,排ガス規制が国3対応の車両,既存EVの場合は購入後6年を経た車両を買い替える場合,最大1万元の補助金も支給される。
第三に,売れ筋であり,かつ日本車にとってはブランド力が発揮できる,SUV分野に注力することである。日本メーカーのシェアは確かに低下しているが,その原因はセダンの売れ行き不振にある。SUVの市場規模はセダンの倍以上ある上,販売台数の伸び率もセダンを上回る。今年の第1四半期で見ると,日系メーカーのセダンの販売台数は,33.5万台で前年同期比13.8%もの減少となっているが,SUVは35.5万台で24.7%も増加している。
ただ,ハイブリッド車で対抗できるのも長くてせいぜい5年程度だろう。20年以上に及ぶハイブリッド車開発技術の優位性の「おつり」で時間を稼ぎ,EV化への転換をスピーディーに進めることが日本メーカーの中国市場での生き残り策ではないだろうか。
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