世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国企業はASEANの現地社会と共存・共生を
(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)
2024.04.08
中国企業の海外進出が注目を集めているが「現地社会への恩恵が限定的」との声が高まっている。資源の採掘からインフラ建設に至るまで,その活動はしばしば現地の環境や社会に深刻な影響を及ぼし,地域社会との間で軋轢も生じている。中国企業はただ利益を追求するのではなく,持続可能で倫理的なビジネス慣行を積極的に取り入れる必要がある。
中国製品の氾濫的流入に悲鳴
近年,東南アジア諸国連合(ASEAN)では中国からの電子商取引(EC)やASEAN中国間の物品貿易協定(ACFTA)を通じた消費財の氾濫的流入が問題視されている。ACFTA発効前夜の2004年において,ASEANの総輸入のうち中国のシェアは9.4%。2023年には同23.6%にまで拡大している。ただしACFTAは片務的な協定ではない。ASEAN製品も中国向け輸出で恩恵を受けられるが,中国側に比較優位製品が多い結果である。
タイでは地場中小企業が中国からの安価な輸入品との競争に晒され,悲鳴をあげている。中でも不満を持っているのが,少額輸入貨物制度である。輸入商品が1500バーツ(約41ドル)以下の場合,ACFTAがなくても,関税と付加価値税(VAT)は免税となる。2月には,主要経済3団体で組織されるタイ商業・工業・銀行合同常設委員会(JSCCIB)がセター首相に規則の見直しを陳情,これを受けて財務省は,VATが非課税となる上限価格の引き下げ,またはVAT免除規定自体の取り消しを検討している。
ACFTAで中国製BEV輸入が急増
ASEANにおける中国製品の存在感は,ACFTA抜きでは語れないが,品目によっては中国の国内事情,すなわち,内需不振や国内競争の激化から,更に輸出ドライブがかかっている。その代表例が電気自動車(BEV)である。
タイは19カ国とFTAを有している。タイのFTA利用貿易額全体のうち,ACFTAは輸出で28%,輸入では47%を占める。商務省はACFTA利用上位10品目(HS6桁)を公表しているが,23年の輸入第一位は乗用電気自動車(HS870380),いわゆるBEVであった。
タイはACFTAにおいて,ASEAN主要国の中で唯一,BEV関税を撤廃した。その結果,中国からのBEV輸入額は直近5年間で約600倍(25.4億ドル)に膨らんだ。中国BEV企業の取引に絡めないタイ企業
しかし,BEVのACFTAを通じた輸入は,そう遠くない時期に減少に転じるとみられる。これは中国製BEVが市場で受け入れられていないというわけではない。ステージが輸出から現地生産へと移るためである。中国製BEVの輸入ではACFTAで関税が免税されることに加えて,中国企業が将来の現地生産を約束,22年以降の現地販売にはタイ政府から補助金も受けている。こうした状況下,中国企業7社程度が,24~25年にかけて現地生産を開始する予定だ。
タイにとって直接投資は,雇用創出,国内産業との取引,技術移転,そして外貨獲得など,様々な形で経済波及効果が期待でき,長らく歓迎の対象であった。しかし,今回は少し様相が異なる。今後2年で中国BEV企業が次々と工場を立ち上げるが,タイ国内の自動車部品企業からは,取引に結び付いたという話はほぼ聞かない。確かなことは,タイ企業が享受出来る恩恵は現時点で限定的であり,タイ産業界に不満と懸念が高まっている。
この背景には,中国BEV企業の2つの特徴が関係する可能性がある。第一に,立地について,一般工業区ではなく,フリーゾーン(FZ:タイ国外と見做される保税区)を選択したことである。保税区に立地した中国BEV企業は,40%以上の国内またはASEAN域内付加価値を付け,更に指定された必須生産工程(Essential Production Processes)さえ国内で行えば,タイ国内搬入時のBEV輸入関税は0%になる。この条件を満たせれば,残り全ての部材を中国から輸入しても,保税区内での取引や加工には一般的に輸入関税もVATも非課税または免税,また無税輸入の際の供託金も不要となる。中国側では部材輸出に際し,ACFTA利用の手続きの必要はない。
第二に,中国BEV企業はBYDに代表されるが,概して垂直統合ビジネスモデルを採っていることである。バッテリー,モーター等のコア部品を中心に内製化率が高く,その結果,タイ企業など外部の参入余地が限られる。
中国BEV企業は,タイで組み立てられたBEVをASEANやオセアニア,企業によっては欧州に輸出する計画である。保税区内で組み立てられたBEVについて,原産地証明書(CO)を取得すれば,BEVはタイ原産としてASEANなどタイがFTAを締結する市場に関税なしで輸出出来る。
求められる規則の見直しと現地社会との共存
ACFTAによるBEV流入の拡大も,保税区でのBEV製造形態も,タイ側の制度設計ミスを中国企業に突かれた形である。タイ政府が制度の見直しを行わねば,長年に亘り構築してきた自動車産業ピラミッドのみならず,輸出を通じて他のASEAN各国の産業まで棄損しかねない。
その一方で,中国企業は過去の直接投資の歴史に学ぶ必要がある。1970年代,東南アジア各国で反日の嵐が吹き荒れた。背景には,「エコノミック・アニマル」とも言われるが,現地事情を斟酌せず,利益至上主義に走る日本の企業慣行に原因があった。日本企業はその反省から,現地社会の信頼獲得に努めた。中国企業は自らの利益のみならず,進出先の経済・社会への貢献も念頭に置いて行動すべきである。
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