世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3326
世界経済評論IMPACT No.3326

賃貸住宅LPガス取引適正化の到達点と課題

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.03.04

 2023年11月22日,総合資源エネルギー調査会資源・燃料分科会石油・天然ガス小委員会液化石油ガス流通ワーキンググループ(以下,WGと表記)の第7回会合が開かれた。同年7月24日のWG第6回会合では,①賃貸住宅のLPガス料金への設備費用混入の禁止,②過大な営業行為の制限,③三部料金制の徹底などからなる,LPガスの取引を適正化する方針が提示された。第7回会合では,その方針に実効性をもたせるために,事務局をつとめる経済産業省がどのような施策を打ち出すかが,注目された。

 結論から言えば,経済産業省は,賃貸住宅におけるLPガス取引適正化の実効性を担保するために,予想以上に踏み込んだ姿勢を示した。それは,事務局である経済産業省資源エネルギー庁資源・燃料部燃料流通政策室が打ち出した,以下のような諸施策から見てとることができる。

  • (1)法令改正前の「抜け駆け」行為を監視・制止するための「通報フォーム」を,経済産業省のホームページに早期に開設する。そこでの通報情報を端緒として,任意ヒアリングや,液石法に基づく報告徴収・立入検査等を行う。その際,情報提供者が不利益を被ることがないよう,情報管理を徹底する。
  • (2)「自己適合宣言」として,各LPガス事業者が改正制度を遵守することを自主的に宣言し,それを資源エネルギー庁が集約してホームページで公表することで,消費者が宣言済みの事業者であるかどうかを知ることができるよう「見える化」する。この宣言については,資源エネルギー庁のホームページ上で公表することに加え,公開モニタリング等の場において確認することを通じて,各LPガス事業者による自主取組を後押ししていく。
  • (3)過大な営業行為の制限に関しては,事例蓄積を重ねたうえで,ガイドライン等具体的な運用方針を明確化していく。LPガス事業者は,個々の営業行為について,「過大ではない」,「料金低減に資する行為である」,「切り替えを不当に制限するものではない」など,対外的に根拠をもって説明でき,それが第三者から妥当であると評価されるようにする。一方,規制当局による立入検査や,第三者によるモニタリング等では,LPガス事業者から上記についての考え方を聴取したうえで,その妥当性ないし違法性を判断する。
  • (4)基本料金,従量料金および設備料金からなる「三部料金制」の徹底に向けた対応方針を,一部修正する。施行時点における「既存契約」については,投資回収への影響等を鑑み,設備費用の計上自体は禁止せず,設備費用の外出し表示(内訳表示の詳細化)を求めることで,LPガス料金の透明性を確保する。そのうえで,新制度への早期移行を促していく(施行後の契約更新含む「新規契約」については,当初案どおり設備費用の計上を禁止する)。この「既存契約」への対応の明確化にともない,三部料金制に係る見直しの施行時期を「公布の日から1年後」へ前倒す(当初案では「公布の日から3年後」だった)。

 これらのうち(1)には,「抜け駆け」行為を抑止する効果が期待できる。通報者には賃貸住宅の居住者も含まれるし,LPガス事業者だけでなく,賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーも通報対象になる。消費者団体には,賃貸住宅の居住者がLPガス料金に設備費用が含まれていないかをチェックする住民運動を喚起してほしい。そして,匿名での通報も可能であるため,疑わしい事例に遭遇した場合には,「疑わしきは通報する」という見地から「通報フォーム」を積極的に活用していただきたい。なお,経済産業省は,WGの第7回会合から間をおかず,昨年12月に,この「通報フォーム」を開設した。

 (2)については,WGの第7回会合で,まず大手のLPガス事業者から「自己適合宣言」を行うべきだとの意見が出た。しかし,「自己適合宣言」の発出と,事業規模の大小とは,直接的に関係しない。むしろ,小規模なLPガス事業者こそ率先して,「自己適合宣言」を発するべきだ。その方が,消費者(賃貸住宅の居住者)の信頼を高めることができ,「抜け駆け」行為を牽制することができるからだ。

 (3)の事例蓄積を重ねたうえで,過大な営業行為の制限に関するガイドラインを充実させていくというアプローチは,実効性があり評価できる。このアプローチには,規制当局の長期にわたるコミットメントが必要不可欠であるが,今回,経済産業省がそのコミットメントに責任をもつと表明したことは,きわめて重要な意味をもつ。

 (4)の三部料金制の徹底については,「既存契約」に関して,法令改正後も設備費用の計上自体は禁止しないとしたうえで,設備費用の外出し表示を義務づけるとした。この設備費用の外出し表示は,LPガス料金への設備費用混入の継続を困難にするものであり,新制度への早期移行を促進する効果をもつ。心あるLPガス事業者は,まず「自己適合宣言」を行ったうえで,法令改正を待たず,早期に三部料金制を導入し,設備費用の外出し表示を実行すべきである。その際,設備料金の欄には,設備費用混入を行っていない場合には「ゼロ」と明記し,行っている場合にはその明細を示したうえで,「これは,本来,家賃に含まれるべき費用である」と付記するのである。法令交付後の執行猶予期間が3年から1年に短縮されたこととあいまって,早期の三部料金制への転換は,賃貸住宅におけるLPガス取引の適正化を加速させることになるだろう。

 総合的に見て,WGの第7回会合において,経済産業省は,賃貸住宅におけるLPガス取引の適正化に関して,相当踏み込んだ姿勢を示したと言える。オブザーバーとしてこの会合に参加して強く感じたことは,「下駄は国土交通省に預けられた」という点だ。

 「通報フォーム」で通報される対象には,賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーも含まれる。「自己適合宣言」の発出者は何もLPガス事業者に限られるわけではなく,賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーもまた,「自己適合宣言」を行うべきである。これから過大な営業行為を制限するガイドラインが整備される過程では,賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーの問題行為も,規制対象となることは間違いない。三部料金制により設備費用の外出しが進めば,設備費用はLPガス料金から家賃に付け替えられることになり,家賃に上昇圧力が生じる。それは,賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーにとって,大きな問題となる。

 賃貸住宅オーナー・不動産管理会社・住建メーカーの管轄官庁は,国土交通省である。WGの第7回会合を契機にして,賃貸住宅におけるLPガス取引の適正化という「下駄」は,経済産業省から国土交通省に預けられたと言っても,過言ではないだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3326.html)

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