世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3315
世界経済評論IMPACT No.3315

承認欲求をくすぐる

清水さゆり

(高崎経済大学経済学部 教授)

2024.02.26

 承認欲求ということばが耳目に触れる機会が増えたように思う。最近では,SNSで他者の反応を得るというかたちで自身の「承認欲求を満たす」ことがあるともいわれている。たとえば,X(旧Twitter),Instagram,YouTubeやTikTokなどのさまざまなSNSに多くの人が自身の意見や経験等をポストして,それを見た他者が反応を示すことで,ポストした人は「ある種」の承認欲求を満たすともいわれる。

 経営学の分野にも影響を与えたマズローの欲求段階説によれば,人の欲求は五つの段階に分類される。食欲や睡眠欲求などの生命に直結した,最も低次の生理的欲求が満たされると,安全や安定を求める安全・安定性欲求を追求するようになる。次に,集団への帰属や連帯を求める所属・愛情欲求を求め,その次は仲間,他人から認められたいという承認・尊厳欲求を求める。四つ目の欲求である承認・尊厳欲求には自分の力や成績,自信,独立,自由,自分の重要性などに対する内発的な欲求と,社会的な認知,名誉,尊厳に対する外発的な欲求の二種類があり,とりわけ外発的な承認・尊厳欲求は,社会の「中」で生きる人にとって極めて重要であるとされる(注1)。

 生理的欲求から承認・愛情欲求までの四つの欲求は,満たされていない状況,不足している状況を外部の資源によって充足しようとする「欠乏」動機によって生じ,五つ目の自己実現欲求は自身の価値やアイデンティティにかかわる「存在」動機にかかるものであり,自身の能力を生かして目標を達成し,成長したいという最も高次な欲求である。

 企業や組織が成果をあげるためには,そこで活動する人のモチベーションを高めることが大切な要素の一つであり,その人びとのモチベーションを高めるための環境(インセンティブ)の設定が重要である。人のモチベーションを上げるという観点からも,承認・尊厳欲求と自己実現欲求を満たすことができる環境が「人」には必要なのだろう。

 ちょうど一年前,ある業界の表彰式に参加したが,表彰された企業や当該商品を開発した方々は一様に誇らしげに見えた。表彰式後の懇談会で多くの人に話しかけて,商品や技術の説明,開発と商品化までの物語を聞いたが,その方々の表情はみな明るく,自信に満ち溢れ,今後への活力に満ちていた。以前お話を伺った外資系企業の日本法人の代表も,社内表彰を受けたときは本当にうれしかったと語っていた。新たな商品や技術を生み出したという成果に加えて,他者から評価され,広く認知されたという承認・尊厳欲求が満たされたからこその表情だろう。

 もっと身近な話でいえば,私はゼミ生に対して,何か素晴らしいことをしたなと「自分で」思ったら教えてほしいと伝えている。そして,私がそれは素晴らしいと感じたら,自作の表彰状(インセンティブ)を渡すのだ。TOEICのスコアが上がった,部活動の大会で勝利したというものもあれば,ゼミ合宿の準備に大変尽力したなど内容はさまざまである。ゼミ生も喜んで(承認・尊厳欲求を充足して)くれているようだが,何より私自身がとてもうれしい気持ちになる。

 SNSによって承認欲求を満たすといった事例の中には,一連の出来事が社会に対して好ましいインパクトをもたらすこともあれば,大きな課題を突き付けるような場合もある。折角なら,かかわったみんなが,そして見ているみんなが幸せな気持ちになるように,上手く承認・尊厳欲求を刺激したい。

[注]
  • (1)伊丹敬之・加護野忠男(2007)『ゼミナール経営学入門』日本経済新聞出版社 299頁
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3315.html)

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