世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「トンボの眼」でとらえる
(高崎経済大学経済学部 教授)
2022.08.29
先日,中禅寺湖へ行った。久しぶりに訪れた中禅寺湖の湖畔には廃業したホテルやレストラン,土産物店と思しき空き店舗が散見された。それらを見た瞬間,少し物悲しい感じを覚えた。食事を取ろうと立ち寄ったレストランでも,わたしの滞在したタイミングにはわたし以外の客はみられなかった。感染が落ち着き,行動制限もない時期とはいえ未だコロナ禍だからかとも思うが,やはり少々寂しい感じがした。
コロナの収束がみえない状況下,企業を取り巻く経営環境が改善しているとはいい難い。そうでなくとも,中小企業が直面する厳しい経営環境や承継問題など苦境を耳にすることは多い。
中小企業はこれまで「低賃金基盤にもとづいて大企業が中小企業を温存,利用して資本蓄積を行う関係が軸となり,経済が再生産される」(注1)という二重構造論の下で大企業に搾取される弱い存在であるという見方をされることがあった。
その後,「賃金上昇率が高く,消費者物価上昇率も高く,かつ,経済成長率が高いという条件のなかで二重構造は解消」(注2)したという見解がみられるようになった。そして,「大企業と異なる中小企業のメリット」(注3)が存在することもわれわれは知っている。海外展開をして,ニッチ分野で差別化を行い,高いシェアを獲得している企業を経済産業省が「グローバルニッチトップ(GNT)企業」として選定するなど,中小企業をポジティブな視点からとらえる向きもある。
ものごとの本質を見極める,実相をつかむためにはより多様な視点から接近することが肝要だ。しかし時として,むしろ多くの場合,一面的なあるいは局所的な観点から判断してしまいがちだ。
COVID-19の感染が拡大して以降,半導体不足や物流の混乱が伝えられた。サプライチェーンへの影響に言及されることが多くなり,サプライチェーンマネジメントの重要性が改めて認識されることとなった。サプライチェーンマネジメントでは,「部分」的な効率性の追求だけではなく,調達,生産,保管,輸送,販売に至るプロセス,つまり全体としてのものの流れをマネジメントすること,「全体」最適の追求が重要であることが強調される。部分の視点もさりながら,全体を俯瞰してとらえる視点が重要だということだ。
また,視点の高さ(高度)を自在に変化させること(注4)も企業の実相をとらえるには重要だろう。縮こまるのでもなく,背伸びするのでもなく,身の丈の高さから眺める高度1.5mの高さ,われわれのような企業活動を捕捉しようとする者の視点とされる高度5mの高さ,企業幹部の視点とされる高度100m,地域経済や個別産業をとらえる視点の高度1,000m,そして世界全体を見渡して世界経済の流れをみることのできる高度30,000m。視点の高さを固定するのではなく,異なる高度(視点)に上ったり降りたりしてものごとをみることが求められるという。
VUCAといわれる時代において,高度1.5mあるいは5mから現場をつぶさに観察し実情を確認して,高度30,000mの高さに即座に視点を上げて,世界のどこかで起きている変化をとらえて方向性を見極め,判断することが求められている。
わたしが立ち寄ったレストランは,たしかに客が(そのときは)いなかった。しかし,隅々まで清掃が行き届き,いつでも客を受け入れられるように準備が整った店構え,丁寧に調理され,提供された食事や飲み物,そして店主らの凛然たる応対は,いまの客入りだけをみるような近視眼ではなく,少し遠くまで視線を伸ばしていることを示していたように思う。
ものごとをとらえるとき,われわれに必要なのは,近く(部分)から(を)見ることと同時に遠く(全体)から(を)見ること,低い位置(実情)から考えるとともに高い位置から考える(俯瞰)こと,すなわち複眼的な視点「トンボの眼」だということを改めて考えた中禅寺湖だった。
[注]
- (1)清成忠男(1997)『中小企業読本(第3版)』東洋経済新報社
- (2)同書
- (3)清成忠男(1996)「中小企業の学習の枠組み」清成忠男・田中利見・港徹雄『中小企業論―市場経済の活力と革新の担い手を考える』有斐閣
- (4)藤本隆宏氏の「高度論」を高崎経済大学地域科学研究所講演会「デジタル化と日本のものづくり」(2018年11月6日)で拝聴した。
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