世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3071
世界経済評論IMPACT No.3071

中小企業のコア技術と事業の承継

清水さゆり

(高崎経済大学経済学部 教授)

2023.08.21

 ことし3月,私はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に夢中になった(海外調査と重なったこともあり,その間は観戦することができなかったが)。われわれがWBCに,野球に大いに熱狂した,そのわずか2か月後の5月10日,「少年野球帽を生み出し,かたちを変えて作り続けてきた会社」グリーンフィールドが破産開始決定を受けた(注1)。グリーンフィールドも利用(注2)した,実質無利子・無担保のゼロゼロ融資は,コロナ禍に業績が悪化した多くの中小企業が利用したが,その返済が本格的に始まったこともあり,企業の倒産が増えているというデータも示されている(注3)。

 企業が倒産しない,廃業しない,すなわち事業を承継するということについて,直観的に考えてみたい。

 経営者の年齢に関するデータを見ると,70代以上の経営者の割合は,2013年の21.6%から2018年には28.1%に上昇している。60代の割合は,2013年は35.8%,2018年は30.3%で減少しているものの,60代以上の割合は,2013年は57.4%,2018年は58.4%と増加している(注4)。さらに,60代の経営者の49.5%,70代の経営者の39.9%,80代以上の経営者の31.8%が,後継者が不在だとしている(注5)。

 子ども,親族内での承継,役員や従業員への承継が困難な場合,M&Aを通じて事業をつないでいくことも可能だ。しかし,M&Aの経験を持つ中小企業は必ずしも多くないため,金融機関やマッチングサイト等が中小企業のM&Aを積極的に支援する動きもあるが,他者への事業の譲渡については心理的に受容しづらい側面も存在する。

 これまでに,縁あってお話を伺う機会に恵まれた中小企業経営者,とりわけ70代以上の方たちのお話から推察すると「一国一城の主」となるべく,起業した方が多いように思う。そのような経営者は,企業は単なる「会社」や「事業」ではなく,「自分の分身」あるいは「自分自身」そのものであると考えている方も多いのではないか。自分の分身あるいは自分自身であるとすれば,事業を承継する場合,信頼できる人に渡したい,繋ぎたいと考えることは想像に難くない。信頼できるのは必ずしも子ども,親族,役員,従業員とは限らず,外部機関等を通じてマッチングした相手ということもあり得るだろう(注6)。しかも,信頼できる人がいたとしても,承継は容易ではない。

 承継するものとは,渡すもの,繋ぐものは何か。それは,企業の活力,発展性と重要なかかわりを持っている,時代の変化に対応して進化させてきた「コア技術(その企業の拠り所となる中核技術)」(注7)だろう。コア技術は,中小企業の存続と成長のカギである。「コア技術が個々の企業体の中で様々な条件変化に対応して進化することにより,その企業体のダイナミズムが維持される」(注8)と考えると,企業を取り巻く環境の劇的な変化の只中にあっても,コア技術が進化しながら,次へと承継されることによって,事業が存続し,企業として存続していくと考えられる。

 60代以上の経営者の24.5%が「今はまだ事業承継について考えていない」(注9)なかでも,企業にとってのコア技術は何かを明らかにし,そして,それは承継すべきものか,承継すべきものであるとすれば,誰に,どのように承継すべきかなど事業承継に関わるテーマは多い。

[注]
  • (1)日経産業新聞 2023年8月8日「グリーンフィールド破綻の背景」
  • (2)同上
  • (3)日本経済新聞 2023年8月9日「倒産増加率,コロナ後最大」
  • (4)『中小企業白書 2020年版』Ⅰ-132
  • (5)『中小企業白書 2020年版』Ⅰ-133
  • (6)この点については,期を改めて考えたい。
  • (7)鵜飼信一(1991)「中小機械工業におけるコア技術の深化とその跛行性」『商工金融』
  • (8)同上
  • (9)『中小企業白書 2020年版』Ⅰ-141
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3071.html)

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