世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
国際貿易の性質の変化:今,必要なのは対立ではなく多国間協力
(国際貿易投資研究所 客員研究員・元福井県立大学 教授)
2024.02.12
「グローバリゼーションは既にピークを過ぎた」との言説がある。その主な根拠となっているのは,グローバリゼーションの進展を計測する際の一般的指標である世界の貿易開放度(世界のGDPに占める輸出入合計の比率)が2008年の世界金融危機をピークに一度も同水準に戻っていないことであった。ところが,2021年,2022年と続けて世界貿易額が過去最高を更新した結果,筆者の試算によれば,暫定値ながら2022年の貿易開放度は2008年を上回り,14年ぶりにピークを更新したものと思われる。ただし,その中身は2008年までのハイパー・グローバリゼーションとは少し異なる。どういうことか。これまでのグローバリゼーションは基本的にオフショアリングによるものであった。つまり,第2のアンバンドリング(ICT革命による「アイデア」の移動コストの減少)を通じて,国境を越えたフラグメンテーションであるグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の構築が進んだ結果,GVC参加国間の貿易が増加したことが主な要因であった。ところが,その後,①先進国と多くの新興国との賃金格差が急速に縮まったこと,②テクノロジーの進化によって生産に必要な労働力が減り,生産と市場を近づけることが可能になったこと,加えて,③世界金融危機後,成長が不均衡となり,各国が保護主義政策に傾き始めたことや米中対立に象徴される地政学リスクが高まったことなどから,GVCの「リ・ショアリング(国内回帰)」,「ニア・ショアリング」,「フレンド・ショアリング」が進んだ。その結果,GVCが短縮化され中間財などの貿易量が減少していったのである。グローバル化の進展状況については,OECDが開発した付加価値貿易指標(TiVA)からも確認することができる。
こうした供給面での変化に加え,需要面での変化も国際貿易に影響を及ぼしている。たとえば,フードマイル(フードマイレージともいう)など,輸送が環境に与える影響について若者を中心に世界中で関心が高まっており,地産地消の推進にも繋がっている。ガソリン車から電気自動車へのシフトについても,部品数が3分の1程度で構造がシンプルな分寿命が長いため,今後,財の貿易量にも影響を与えることになるだろう。
ただし,これらは「財」の貿易に限ったことであることに注意が必要だ。なぜなら,「サービス」の貿易については,世界金融危機以降もほぼ一貫して増え続けているからだ。世界経済の約3分の2を占めるサービスはこれまで生産と消費者の近接性が求められていたが,上述の通り,技術革新がこうした壁を壊し続けているのだ。その結果,2022年の世界のサービス輸出額は対前年比15.3%増となり,初めて7兆ドルを突破した。世界貿易機関(WTO)では,世界貿易に占めるサービスの割合は2040年までに3分の1に達する可能性があると試算している。こうした数字には,現地拠点を通じたサービスの提供である「第3モード」などは含まれていないため,実際には数字以上にサービスのグローバル化が進んでいるとみるべきだ。
こうしてみると,財のグローバリゼーションはピークに達したのかもしれないが,サービスのグローバリゼーションは今後さらに伸びることが期待される。ただし,そのためには,デジタル関連サービスなどに関するグローバルなルールづくりとそれを支えるための技術の発展が不可欠である。然るに,世界貿易機関(WTO)や日米豪など14カ国が参加するインド太平洋経済枠組み(IPEF)でのデジタル貿易のルールづくりが米国の意向などもあって滞っていることは憂慮すべき問題である。
さらに,米国は日本などを巻き込んだ半導体のフレンド・ショアリングによって対中半導体規制を強めている。しかし,中国の軍事力増強に資する商品や中国のAIの野心を後押しするものを除いて中国との貿易を継続することを目指すフレンド・ショアリングは危険な概念だと言わざるを得ない。その境界線を安全に引くことができる場所は明らかになっておらず,今後,対象が増え続ける可能性があるからだ。こうした敵対的措置は,中国による報復的措置を招くことで,気候変動対策など世界が必要としている技術の発展を阻害するのみならず,そのコストは消費者の背中に重くのしかかってくることになる。
米中対立やウクライナでの戦争など地政学リスクの高まりは世界の二国間貿易にも影響を及ぼし始めている。国際連合貿易開発会議(UNCTAD)によると,地政学的に近い国と遠い国のグループに分けて2022年第1四半期から2023年第3四半期までの二国間貿易の平均変化を比較したところ,地政学的に近い国のグループでは平均で6.2%増加しているのに対し,非常に遠い国のグループでは逆に同5.1%減少しているのだ。デ・リスキングによるニア・ショアリングやフレンド・ショアリングがさらに進んでいる可能性が窺える。
気掛かりなのは,近年,保護主義的な政策が急増していることだ。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事によると,2022年に新たに導入された貿易障壁は約3000件と,3年前の約3倍に増えた。地政学リスクの高まりなどが背景にあるものと思われるが,最大の不安要素は中国の動向である。両国との関わりが深い日本は両国が不測の事態に陥ることがないように橋渡し役を積極的に引き受けるべきだ。今,必要なのは,対立ではなく,途上国への支援も含め,グローバル経済が直面するさまざまな課題に対処するための多国間協力である。
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