世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国のEVとバッテリーの競争力が強すぎる:「13手先」を読んだ中国への対応
(東北大学 名誉教授)
2024.01.29
トランプ前大統領がアイオワ州でトップに立った。21年1月米議会への襲撃を煽った「民主主義の敵」の岩盤支持層とは何者なのか。そのような住人連中がのし歩く今年のアメリカ大統領選挙はプーチンや習近平の狙い目だが,狙い通りにはいかないだろう。
そのトランプの大統領時代の話である。中国高官が,「トランプは一手先を読むだけだが,我々は13手先まで読んでいる」と豪語したという。
思い当たることが多い。たとえば,中国のEV(電気自動車)生産である。昨年中国のEV世界シェアは50%超,EV用バッテリーのシェアは60%台。バッテリー生産の原材料となるレアアース・レアメタルの入手からその加工,バッテリー生産まで中国が圧倒的なシェアで抑えている。ずっと前から「13手先まで読んで」,中国は「世界を中国に依存させ,中国の世界依存を減らす」という大戦略を進めてきたのである。ナイーブな対応,市場経済的な常識的対応しかできなかった西側との格差は歴然。中国の言い分に頷かざるをえない。
たとえば,レアメタルのコバルトはコンゴ民主共和国の生産高が非常に高い。だが,中国には「一帯一路」がある。それをテコに中国商社が現地に入り,採掘されたコバルトを買い占め,中国に運んで精錬して世界に輸出する。他の多くのレア鉱物にも手を打ち,加工技術でも先行している。中国のEV生産のトップ企業BYDは,もともと車載電池の企業だったので,レア鉱物から電池,EVまで,上流から下流までを一社で抑えている。ガソリン自動車生産の競争を制したジャストインタイム方式と発想はまったく別,今や欧米日は市場競争で太刀打ちできない。アメリカは国内でニッケルを採掘しても,精錬費の安い中国に運んで精錬してもらい,再びアメリカに輸入している。
太陽光パネルや風力発電でも,原材料はEVと重なる部分が大きくて,中国企業は圧倒的な競争力をもつ。グリーン化時代を先読みし,関連品目の国産化を進めてきた。14億人の需要と激しい企業間競争が国内にある。今や自由競争になれば中国が勝つ。巨大人口で共産主義市場経済の中国が「13手先」まで読んで競争を挑んでくると,西欧国民国家がモデルの自由貿易論はそもそも成り立たない。
EUでは2012年から13年にかけて,太陽光パネルで先行していたドイツ企業に中国がダンピング輸出を仕掛けて滅亡に追い込んだ。欧州委員会が滅亡阻止に立ち上がったが,李克強首相がワインのダンピング輸出検査を通告して独仏伊を驚愕させ,さらに乗用車のダンピング検査を示唆してダメ押しした。EUのパネル需要部門が安い中国製品を求めたこともあり,ドイツのパネル製造部門は崩壊した。日本の太陽光パネル業界も似た運命だった。
EUの自動車産業の将来が懸念される。第1に中国・欧州両方のメーカーが中国から輸出を増やし,欧州地場の自動車産業の生産・雇用は衰退に向かう可能性がある。EUでは昨年9月までのEV販売台数は40万台,うち15万台は欧米メーカーが中国で生産した輸入車だ。第2に中国の車載電池・EVメーカーが進出して現地生産すると,地場のメーカーは追い込まれる。テスラのEVトラックでさえ車載電池正極部品の中国輸入に頼らざるを得なくなり,インフレ抑制法の消費者補助金を今年1月から受けられなくなった。
EUが保護主義を拡大して対応できるのか? 昨年9月欧州委員会のフォンデアライエン委員長が中国でのEV補助金をやり玉に挙げて調査を打ち出した。中国は激怒し,保護主義をとれば稀少鉱物の輸出を制限する,困るのはEUだと脅している。それはともかく,20%や30%の相殺関税では,中国メーカーが圧倒的に安いEVを輸出すれば乗り越えられないことはない。BYDは160万円台のEVを製造している。
EUでの現地生産ではハンガリーの親中親露・反EUのオルバン政権の問題もある。そのハンガリーに中国企業は優先的に車載電池・EV生産の基地をつくり,EU単一市場を利用してEU市場を支配するつもりである。BYDは2030年までにEUのEV市場の10%シェア確保を公言する。中国企業は独仏などにも生産計画をもつが,目下の最大規模はハンガリーへのCATLの電池生産で,投資額は76億ユーロ(1兆2000億円)と巨額である。昨年12月には,EVの世界生産最大を誇るBYDが南部セゲト市近辺に大工場建設計画を明らかにした。
EU市場で中国EV企業圧勝の将来がみえる。「13手先まで読む」ことができたのは共産党独裁の巨大国であり,また自国企業を意のままに動かせるからだ。だが,このように完璧に独り勝ちされては,通常の世界市場競争は成り立たない。自由貿易は問題外と見たバイデン政権はチップス法とインフレ抑制法その他により断固対処しているのである。
ドイツの自動車企業が中国に原材料から市場まで囚われているので,EUの対応はアメリカのようにはいかないだろう。とはいえ,補助金調査と相殺関税で済む話ではない。補助金調査はEUの中国EV対策の第一歩にすぎないだろう。ハンガリーへの対応も並行して必要になるだろう。日本の将来も垣間見える。
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