世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
解説試論:何故,世論調査でトランプ支持率が高いのか
(関西学院大学 フェロー)
2024.01.15
米国の2024年大統領選挙の幕開け,共和党アイオワ州党員大会(1月15日)まで,既に1週間を切っている。
現時点でも猶,アイオワ州内での共和党有権者のトランプ支持率は高く,1月6日時点でのABCニュース傘下の世論調査Webサイト「Five Thirty Eight」の調査結果では,州内共和党有権者の支持の50%を集め,2位のデサンティス(18.4%),3位のヘイリー女史(15.7%)を圧倒的に引き離している。
亦,同じ世論調査での全国ベースでの結果を見ても,トランプ前大統領は共和党有権者の61.8%の支持を得て,2位のデサンティスの12.1%,3位のヘイリーの11.2%を完全に凌駕している。余程のこと(例えば,最高裁がトランプの出馬資格否定を認めたり,何処かの裁判で有罪判決が出たとか等…)がない限り,新春の早い段階で,共和党の大統領候補にトランプがなる確率は,ほぼ固まってきたようだ。
他方,同じ時点の,同じ世論調査結果が示す,バイデン大統領への全国ベースでの好感度(favorable rate)は38.3%,逆に非好感度(unfavorable rate)は55.4%であった。唯でさえ低かった好感度が,昨年末のハマスのイスラエル奇襲と,その報復としてイスラエルの大規模なガザ攻撃により,バイデン大統領のイスラエルへの強い支持姿勢への不満からか,若者を中心に10月から年末にかけて,バイデンの非好感度が一気に上昇,その分,好感度を大きく下落させた。
一方,同じ尺度で,トランプの好感度を測ってみると,好感42.6%,非好感52.4%となっている。トランプ,バイデンの,どちらの候補も非好感度が50%を越しているが,好感度でトランプの方が高く,それ故に今般の選挙が,2020年同様両者のリターン・マッチとなっても,現時点での世論数字では,トランプが僅かに有利(この程度の優位度では,バイデンの逆転も十二分にあり得るが…)と見做されがちな所以である。
では何故,トランプが,彼の過激な言動にもかかわらず,高い支持率を享受出来ているのか…。
おそらくそこには4つの要素,すなわち①米国社会の未曾有の分断という実態と,②もう一つは筆者の仮説だが,一部確信者の言動が社会における多数派形成に大きな影響を与えているという現実,更に,③現在までの経済の改善度合いが,有権者には未だ実感として伝わっていないという,有権者の皮膚感覚の問題,加えて,④これまでの世論調査が,もっぱら共和党内の争いに焦点が当たったものだったため,バイデン政権の実績への精査が為されぬまま,単に年老いたバイデン大統領への信任投票的な有権者の直感だけが表に出続けているからだろう。
詳細を個別に見て行こう。
先ず①の米国社会の分断だが,その根底に所得格差の拡大があったことは間違いない。NY TimesのHedrick Smith記者の書いた“Who Stole The American Dream”によると,米国経済は1980年代~2000年代の30年間に成長を繰り返してきたが,反面,中産階級の所得は伸びなかった。
具体的には,1970年代には世界的に見て最高レベルの給与を貰っていた米国の労働者は,2000年代の初めには,欧州諸国のそれに追い抜かれ,2010年代には,家計所得の伸びが低かったため,夫婦共稼ぎが常態となった(その反面現象として,皮肉なことに,女性の社会進出が増えた)という。こう書くと,どこかの国の現状にも似ているが,そうした実態の背景には亦,正規労働者の数が抑えられ,代わりに非正規労働者やパートタイマー雇用が増えていた,という実態もあった。
こうした状況を,当時連邦議会下院で活躍していた民主党のデイビッド・オベイ議員は,「私が,そして議会が犯した最大の過ちは,所得が上位層へ移転する速度を緩められず,社会が富裕層と相対的貧困層に2極化するのを阻止出来なかったことだ。今や米国の経済エリートは世界の歴史でも類を見ないほど大がかりな略奪を行なうようになっている」と述懐している(上記書籍;第6章)。
そしてこの所得格差拡大の流れが,2020年代に入っても全く是正されず,むしろコロナ禍や,その後の経済拡大期に,一層拡がってしまったのが現実で,そうした状況下で育った若者の多く(とりわけ,非大卒の白人や黒人,ヒスパニック)が,自らが相対的貧困層入りすることを余技なくされる現状への閉塞感故に,過激な言動のトランプを支持する側に回り始めているのだ。
②については,1年半ほど前の日本経済新聞サイエンス欄の「多数決は誰の意志か」という記事(2021年7月11日)が参考になる。
その中の,高知工科大学の研究によると,「自分の意見を譲らない“確信者”と,他人の意見に影響を受ける“浮動票者”を想定し,数値の変遷をトレースすると,確信者の数が25~30%超に増えた瞬間,不動票者の大半が確信者の意見に同調する様に己の考えを変える」という。
この研究のサンプル集団が如何なるグループか知らないが,米国の有権者層にも,この研究結果が当てはまると仮定すると,以下の解釈になるのではないか…。
大統領時代のトランプは,有権者の30数%を占める岩盤支持基盤に依拠していた。
そのトランプ岩盤支持層は,全く新しい舞台とも言うべき今次大統領選挙でも健在で,故に,前述の研究の結論に従えば,彼らは常にトランプを支持し,トランプの訴追など,候補者を取り巻く状況が変わってもトランプへの支持姿勢は不動。そして,その30数%の確信犯的支持者がいるため,共和党内の浮動票層が次第に,確信犯層の意見に吸い寄せられて行っている,と解釈出来るわけだ。
トランプ陣営が,TVカメラの前での公開討論には全く興味を示さず,選挙運動は地方の草の根支持層を相手とするタウンミーティングスタイルに固執しているのも,己への支持者の熱狂が,浮動票者に伝播して行くことを知っているが故の戦術であることは今や疑問の余地があるまい。要するに,この戦術は今までの処は大成功を収めている,と見做し得るのだ(尤も,その効果は次第に熱量を減らし始めているようだが…)。
もう一点,上記日経記事の中の,鳥取大学の研究も参考にしておきたい。其れによると,調査対象者の55%以上が同じ情報を信じると,当該の情報を全く知らない人も,同様の意見になるとのこと。
これなど,トランプ候補が自らへの訴追を,バイデンの魔女狩りだと批判し続け,其れを専ら保守系メディアが報道する。この結果,保守系メデイアしか目にし,耳にしない地方の共和党保守層はトランプの主張を信じるようになる。そんな,共和党内の現況を説明する有力な理論の様な気がするではないか…。
③経済の改善実態が,有権者の皮膚感覚とずれている,という問題に関しては,少なくとも次の2点を考慮すべきであろう。
第1点は,上記米国中産階級の失われた30年で,これまでの米国社会にあった楽観的見方,すなわち「自分たちの将来は,親の代よりも明るい」という神話が根拠を失ってしまったという事実。それ故,少々の景況回復感があっても有権者の悲観論を打ち消し得ないという現実。
第2点は,現在の米国有権者の3分の2が,低インフレ時代の経験しか持たず,その体感的インフレ水準では,この1年の米国のインフレが,これまで彼らの生涯には経験しなかったほどの高いと映っていること(for the two-thirds of voting-age Americans, the current inflation is the highest of their adult lifetimes…NYT 2023年12月28日)。つまり,そんな未経験分野であるが故に,統計上のインフレ率沈静化が,彼らの皮膚感覚と合わないのだ。だからこそ,近視眼的な経済回復論が,有権者,特に若い層には刺さらないのだ。
④米国大統領選挙に関して,これまでは共和党内の候補争いに焦点が当っていた。民主党のバイデン陣営は,むしろ意識してそうした争いの中に巻き込まれるのを避けてきた。その間はむしろ,民主党内の組織固めと選挙資金集めに邁進していた(現在,バイデン陣営の手許資金は極めて潤沢。一方,トランプ陣営にも資金は集まってはいるが,現状,かなりの額が裁判等の既費用に回っている模様)。
要は,そうした戦略方針の違い故,マスコミの選挙報道の前面に出てくるのはトランプ側の動きや言動で,故にトランプのマスコミ露出を大きくしてきたのだ。
両者の選挙戦術の構図も,4年前のそれとよく似ている。
当時は,トランプ大統領が現職の特権を利用し,大統領専用機で地方空港に乗り付け,その機体を背に当該地方でのタウンミーティングなどを開催していた。
その間バイデン候補は自宅に籠もり,リモートで党関係者との会議を積み重ね,党内組織の結束に努めていた。つまり,トランプとは,同じ土俵で勝負しなかったのだ。
今回の場合も,トランプが共和党内での論争すら避け,中国の共産党革命期の毛沢東よろしく,ひたすら地方から都市部に攻め上がろうとしているのに対し,バイデンは,国の指導者としての姿勢を維持しながら,ひたすら自らの組織拡充に努め,表立ってトランプへの本格的批判は,少なくとも昨年末までは注意深く避けてきた。
勿論,こんなバイデン選対のやり方に異議や不満を唱える民主党関係者も多い。「“先んずれば制す”の言葉を理解していない」,「前回のやり方が今回も通じると過信している」,「各州で戦う民主党の上院・下院議員たちは,これでは自分たちは各々の選挙を,それぞれの地元の争点で戦うしかなくなる」が,それでは,選挙戦略上のバイデン大統領の統制力を削ぐことになってしまう云々…。
こうした批判や,時期も熟したためか,バイデン側のこれまでの抑制トーンも次第に変化しつつある。
例えば,直近,バイデン陣営は,もっぱらリベラル・メディアで米国経済の現況が巷間言われるほど悪くなく,実態的にはむしろ良いことをじわりじわりと教宣し,返す刃で,トランプが抱え込んだ各種訴訟案件の意義を広く社会の各層に,周知させようと試み始めた。
更に亦,各州における自らの再選組織への人の補充のタイミングを見計らっている。事実,昨年末以降,スイング・ステートの4州(ミシガン,ネバダ,ウイスコンシン,それに民主党として最初の党予備選が設定されているサウスカロライナ)で,バイデン陣営は選挙スタッフの雇い入れを始めている。
要するに,バイデン陣営は,何時,どのタイミングで,本格的トランプ攻撃を開始するか,砲弾を大砲に装填しながらその機会を待ち始めたのだ。
そんな眼でバイデン陣営の動きを眺めると,南北戦争直前に,連邦を離脱したサウスカロライナの沿岸沖合の小島に在った,連邦軍のサムター砦に,何時どのような形で,支援物資を運び込むか,当時のリンカーン大統領が各種の可能性を頭に描きながら,熟考していた様が脳裏に映り込むようではないか(筆者の歴史趣味が,文章を妙な方向に,導いています。ご容赦を)…。そしてそんな,バイデン陣営の大砲の本格的砲撃開始の時期が確実に間近に迫っている。
翻れば昨年末,バイデン選対のキャンペーン・マネージャーであるロドリゲス女史が“Why Joe Biden Will Win in 2024”という資料を公表したが,その中で,新年以降,バイデン・ハリスのチームが,トランプと自分たちとの違いを浮き出させるため,一層エネルギッシュな行動に出ると宣言している。そして事実,バイデンチームは大統領や副大統領を米国の独立戦争の歴史跡地に積極的に送り出し始めた。
例えば,昨年末,独立戦争に向けた,砲弾の最初の一発が放たれたマサチューセッツ州ボストンで演説したバイデン大統領は,「2024年の選挙で,何が争点となるか…それは,トランプ前大統領と共和党極右のMAGAグループ(トランプが唱えるMake America Great Againを唱和する共和党保守派議員たち)がアメリカの民主主義を破壊しようとしている,そんな企みを我々が許すかどうかだ…」と訴えた。
更に,新春1月5日,トランプが教唆したとされる暴徒による連邦議会占拠3周年の日,バイデン大統領は,激戦州の一つペンシルバニア州バレー・フォージ(Valley Forge)(米国の独立戦争当時,独立軍司令官ジョージ・ワシントンが本営を置いた場所)で,極めて痛烈な言葉を用いてトランプを批判する演説を行なった。
曰く,「2024年大統領選挙は,建国以来の米国の骨格的価値観(順法精神,選挙制度の堅持,あるいは人種の多様性尊重等)を護ろうとする候補を支持するか,或は,そんな価値観を個人の利益のために反故にする候補を選ぶか,その選択が問われる選挙になる」と…(a choice between a candidate devoted to upholding America’s centuries-old ideals and a chaos agent willing to discard them for his personal benefit…We all know who Donald Trump is…The question is Who are we?... Democracy is on the ballot. Your freedom is on the ballot:NYT紙1月5日)。
いずれにせよ,有権者の大半がトランプを共和党候補に位置づけたとバイデン陣営が見做した時が,Final Battle(トランプが昨年来,使い続けている言葉)の本格的始まりとなるのだ。
その時期はまさに,共和党の候補選びの先陣を切るアイオワ党員大会(1月15日)と,最初の民主党予備選のある,サウスカロライナ予備選(2月3日)の間の,どこかだろう。そして,それから以降の,長い選挙戦の時期,相立つことがかなわぬ,価値観の違いに立脚する両候補者の間で,罵り合いやけんか腰の言葉のやり方が絶えない選挙になりそうな予感…。もしトランプが勝てば,ウクライナ,対中,NATOの在り方,そして同盟関係,経済分野でのサプライチェーン政策等など,その多くに影響が出る。今次選挙での,トランプ・バイデンの根本価値を異にする,両老人同士の争いを米国の若い有権者たちがどう評価するか…。その顛末に,西側同盟国の命運もかかっている。
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