世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国不動産市場における「三本のレッドライン」と「三本の矢」
(独協大学経済学 教授)
2024.01.08
中国では住宅価格の高騰と住宅投資の過熱を抑制するために,2020年8月に「三本のレッドライン」(契約金や預り金を除いた総資産に対する資産負債比率は70%以下;自己資本に対する純負債比率は100%以下;保有現金の短期債務比率は1以上)が設けられた。また,不動産開発企業を債務状況に基づき,「四グループ」(三本のレッドラインともクリアした企業を緑色,二本クリアした企業を黄色,一本クリアした企業をオレンジ色,一本もクリアしていない企業を赤色)に分類し,緑色は年有利子債務の増加率は15%以下,黄色は10%以下,オレンジ色は5%以下,赤色は0%とする不動産開発企業の債務健全化政策が打出され,2021年1月から実施された。しかし,その1年後の2022年には「三本の矢」という真逆に思われる政策が打ち出された。「三本の矢」とは銀行融資,債券融資と株式発行融資のことである。2022年11月に中国人民銀行と銀行保険業監督管理委員会は共同で商業銀行と不動産市場に対する金融支援に関する座談会を開くと同時に,同じ内容の通達を出した。商業銀行に対して,「販売した住宅を完工して購入者に引き渡す政策」の実施に必要な融資を提供しようと呼びかけ,23年3月31日までに商業銀行に中央銀行無利子融資を2000億元供給する措置を取った。そして,中国銀行間市場交易商協会(中国人民銀行の指導下にある非営利社団法人)は中央銀行再融資と中债信用増進投資株式有限会社の担保を活用することにより,不動産開発企業を含む民営企業債券の買支えと債券融資の金利引下げ効果を図るようにした。更に,証券監督管理委員会も不動産市場に対する資本市場の支援について記者会見を開き,上場不動産企業の株式新規発行による資金調達を再開すると発表した。
両者の政策目標から見れば,前者は不動産市場の抑制で,後者は逆に促進であると見とれるが,何故わずか一年の間に政策の転換が必要になったのであろうか。
世界金融危機以降,投資は中国の経済成長の主要エンジンとなった。とりわけ,不動産投資は主役を務めた。しかし,経済の繁栄をもたらした反面,経済実況と乖離した不動産価格の暴騰と不動産開発企業の過剰負債など不動産バブルの現象が現れた。このような状況の中で,「三本のレッドライン」は,平均負債比率が80%を上回った不動産業界にとって生死に係る急所を突かれたことになった。2021年,不動産投資額は147,602億元で,前年(141,443億元)より増加したものの,前年比増加率は7%から4%へ低下した。2022年不動産投資額は132,895億元へと減少に転じた。銀行の不動産融資も2020年の5.17兆元から3.81兆元,2022年に更に7213億元へと抑制された。このように,「三本のレッドライン」の効果は少しずつ現れた。
当然ではあるが,「三本のレッドライン」は諸刃の剣である。効果が現れたと同時に多くの不動産開発企業を資金難に陥れ,経営を圧迫した。2021年に世間を騒がした「恒大集団のデフォルト」が代表するように,不動産開発企業の債務不履行事件が多発し,2022年にはそれが更に加速した。報道によれば,不動産開発企業大手だけの債務不履行案件は2021年の13件に続いて,2022年は16件に達した。債務不履行の影響は銀行借り入れや満期債券の返済に止まらず,建築資材仕入れ先や建設会社にも及ぶと,建設工事の遅延と住宅引き渡しの延期を招き,住宅ローン返済ボイコットという社会運動まで広がり,社会不安の火種となった。「販売した住宅を完工して購入者に引き渡す政策」の発動に導かれた。不動産開発企業の資金源規制と合わせて,住宅購入(投資)にも色々の制限措置が取られた。その結果,2021年,全国住宅販売面積と販売金額はそれぞれ前年の154,878万平米と154,567億元から156,532万平米と162,730億元となり,その勢いが弱まってきた。2022年にその傾向は更に加速し,それぞれ114,631万平米と116,747億元となり,前年比41,901平米(前年比26.8%減)と45,983億元(同28.3%減)の急減となった。
資金源規制と不動産販売の低迷は両方から不動産開発企業の経営を圧迫した。多くの債務不履行の案件からこれは一時的な流動性不足の問題ではないことが分かった。債務超過の企業を破綻させ,市場から追い出すべきであるが,「高負債経営」は不動産業界の普遍的なビジネスモデルであるため,正統な「優勝劣敗」原理の貫徹はできないことは「三本の矢」が生み出された背景である。しかし,「三本の矢」が放たれた後はどうであろうか。銀行の不動産融資額は2023年第1四半期に6718億元増加したが,これは「ゼロコロナ対策」が撤廃され,不動産市場もV字回復するとの推測によるもので,1月から9月までは逆に333億元減少した。特に注目するのは銀行の住宅ローン残高の動向である。2022年末,住宅ローン残高は38.8兆元にまで上り,23年第1四半期には更に38.94兆元に上昇したが,その後低下に転じ,23年第3四半期現在38.42兆元へ減少している。これは住宅販売状況と合致した。23年1月から11月までの不動産投資額は104,045億元,住宅販売面積と販売額はそれぞれ85,964万平米と93,646億元で,それぞれ低迷が続いた。不動産神話が崩れた現在,資金源規制を緩和しても,不動産開発企業を債務不履行や経営不振から救うことはもはやできないと考えた方がよいのではないであろうか。
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