世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インド・モディ首相の国賓訪米:アメリカ企業の2023年デカップリング
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・放送大学 客員教授)
2024.01.08
1.インドシフト:2022年のIPEF発足とモディ首相の国賓としての訪米
(1)IPEF(インド太平洋経済枠組み)
IPEFは2021年10月にバイデン大統領が,東アジア首脳会議で言及し,2022年5月に米国が主導する経済圏構想となった。
交渉目標は,(1)貿易,(2)サプライチェーン,(2)クリーン経済,(4)公正な経済である(注1)。協定参加国は,14カ国で,米国とインドの他,日本,ニュージーランド,韓国,シンガポール,タイ,ベトナム,ブルネイ,インドネシア,マレーシア,フィリピン,オーストラリア,フィジーが参加する(注2)。IPEF参加国は,4本柱のうち,参加する柱を選択できる枠組みになっており,インドは「貿易」の柱には参加していない(2023年6月時点)(注3)。これは,国内産業保護を目的とする「高関税化政策」を採るインドのインセンティブとなる。
(2)サプライチェーンの再編
米国商務省は,2023年5月27日に実質妥結した「IPEFサプライチェーン協定」の協定文を公開した。第1に,「IPEFサプライチェーン協議会」は,セクター別行動計画の策定を監督する。企業がサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を特定して対処するための支援を行う。第2に,「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」を形成する。参加国がサプライチェーンの危機に直面した際の緊急連絡網である。第3に,「IPEF労働権諮問委員会」は,サプライチェーンにおける労働者の権利を尊重する企業への投資機会の向上を支援する。
2.モディ首相の国賓としての訪米とアメリカ企業のインド投資決定の経緯
米国とインドは,2023年1月末に「米インド重要新興技術イニシアチブ(iCET)」に基づき米国半導体産業協会(SIA)とインド・エレクトロニクス半導体協会(IESA)が第1回会合を開催した。
次に,『半導体製造エコシステム形成で産官学連携強化に向けたタスクフォース』立ち上げ計画を発表した(注4)。2023年3月には,米国のジーナ・レモンド商務長官とインドのピユシュ・ゴヤル商工相が,「半導体サプライチェーン確立とイノベーション・パートナーシップ」に関する覚書に署名した(注5)。更に,5月9日にインド・アシュウィニ・バイシュナウ鉄道・通信・電子・IT相が,訪米し,グーグル,マイクロン,アプライド・マテリアルズをはじめ,大手有名企業の経営幹部と会談した。
3.巨額な投資決定の5つの事例
そして,6月21日にモディ首相は,国賓として訪米しGAFA半導体EVなどのアメリカ企業と会談した。その際,アメリカ企業はインドへの投資拡大計画を発表した。
第1に,アマゾンのアンディ・ジャシーCEOは,インドにおける取り組みを強化する意向を表明,これまでにインドに約110億ドルを投資してきたが,2030年までに「150億ドル(約2.1兆円)」を投資する計画を発表した(注6)。アマゾンはクラウド・インフラに30年までに127億ドルを投じる(注7)。
第2に,テスラ〔電気自動車(EV)大手〕のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が,6月21日の会談後にインド進出の意向を伝えた(注8)。テスラは工場に最低「20億ドル(約3000億円)」程度の初期投資を約束し,インドからの自動車部品購入を「150億ドル」とすることを見据えている(注9)。
第3に,インド人であり,インド工科大学(IIT出身)のグーグルのサンダー・ピチャイCEOがインドのデジタル化ファンドへ「100億ドル」投資し,グジャラート州のGIFTシティ(グジャラート国際金融技術都市)にフィンテックセンターを開設する計画を7月13日に発表した。
第4に,世界の半導体・液晶製造装置(前工程)会社時価総額ランキングにおいて2位のアプライド・マテリアルズが,エンジニアリングセンター開設のために4年間で4億ドルを投資する計画を発表した。開設後の5年間に,同センターでは「20億ドル」を超える投資も計画する(注10)。
第5に,マイクロン・テクノロジーが,グジャラート州アーメダバード市郊外州サナンドII工業団地にDRAMおよびNAND型フラッシュメモリ(以下,NAND)の組み立て/テスト工場を新設を発表した。同社による投資額は,最大で8億2,500万ドル(約1,200億円)となる。同プロジェクトには,インド政府とグジャラート州政府が合計「27億5,000万ドル」を投じる計画である(注11)。
4.アメリカ企業のインド投資の要因
以上の事例のようにアメリカ企業は,モディ首相の訪問も契機として巨額な投資を決定している。その背景にはインド政府が推進する製造業振興策である「Make in India」がある。また,インドの消費水準の面から見ると,1人当たりGDPが消費の質の高度化する水準にあることも背景の一つと言える。
[注]
- (1)赤平大寿,ジェトロ・ビジネス短信「米商務省,IPEFサプライチェーン協定の実質妥結を発表,ビジネス上の利益実現する施策も提示」。
- (2)古屋礼子,ジェトロ短信,2023年9月11日記事。
- (3)OWLS,COLUMN「IPEF(インド太平洋経済枠組み)とは|交渉のポイント」https://www.owls-cg.com/column/ipef」(2023年12月15日アクセス)。
- (4)古川毅彦,ジェトロ 地域・分析レポート「野心的な政府の取り組みに注目(インド)」,2023年7月27日
- (5)2023年3月22日付ジェトロ・ビジネス短信参照。
- (6)Bloomberg, 「アマゾン,インドに2.1兆円追加投資-グーグルは技術センター開設へ」(2023年12月15日アクセス)。
- (7)日本経済新聞「米企業,インド投資に軸足 中国と対立で供給網再編」(2023年10月20日アクセス)。
- (8)日本経済新聞,堀田隆文・花田亮,2023年6月21日。
- (9)Bloomberg, 「米テスラとインド政府の合意近い,EV輸出と現地工場建設で-関係者」(2023年12月15日アクセス)。
- (10)PR Times, 「アプライド マテリアルズ インドにコラボレーティブ エンジニアリング センター設立へ」(2023年12月15日アクセス)。
- (11)インド「エコノミック・タイムズ」9月8日。
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