世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
2つのGDP,実感に近いのはどっち?
(丸紅経済研究所 所長代理)
2023.12.25
「2023年の日本のGDP,ドイツに抜かれ世界4位(2022年は3位)に」「ロシアのGDPは2028年には世界15位(2022年は8位)に転落」いずれも10月に公表されたIMFの世界経済予測に関する話題だ。特に前者は広く報道されたので耳にされた方も多いはずである。これらの話題について,専門家にとっては当たり前すぎる話ばかりだが,いくつか留意点を示しておきたい。
まずこれらの話題はいずれも「市場為替レートベースの米ドル建てGDPによる順位」である点に留意したい。一般に各国のGDPは各国政府が各国通貨建てで算出する。そしてIMFはそれらのデータを集めて,国際比較を可能にするために,当該年の各国通貨の対米ドル為替レートを使って各国のGDPを米ドル換算している。これが「市場為替レートベースの米ドル建てGDP」であり,対米ドル為替レートが大きく変動すれば,米ドル建てGDPも大きく変動する性質がある。日本の場合,2023年の大幅な円安により,日本政府が算出した円建てGDPを米ドル建てに換算するとGDPが小さくなってしまったというわけだ。
実はIMFは「購買力平価ベースのGDP」というものも算出している。簡単に説明しよう。一般に新興国では先進国よりも財・サービス(特にサービス)の価格が安い。これらの(現実の)価格をもとにして計算されたのが先述の「市場為替レートベースの米ドル建てGDP」で,この場合仮に新興国Bが先進国Aと全く同じ質・量の財・サービスを生産しているとしても,新興国Bの財・サービスが安い分,新興国BのGDPは先進国Aのそれよりも小さくなる。一方,「購買力平価ベースのGDP」は一物一価,つまり同じ質の財・サービスであれば先進国Aでも新興国Bでも同じ価格としてGDPを算出する,つまり財・サービスの量で測ったGDPとも言える。その結果,新興国のGDPは「市場為替レートベースの米ドル建てGDP」よりも「購買力平価ベースのGDP」のほうが大きくなる傾向がある。
ではどちらのGDPが正しいのか。結論から言うと用途によってGDPを使い分けるべきとしか言えない。では各国の経済力を国際比較する場合はどうだろうか。企業エコノミストとしての自身の経験と,これまで多くのビジネスパーソンにこの質問を投げかけてきた感触としては,購買力平価ベースのGDPの方がより人々の実感に近いようだ。これはビジネスパーソンがドル建て金額ではなく量(鉄鋼ならトン数,自動車なら台数)で国(市場)を見ているからだろう。購買力平価ベースGDPは一物一価に基づく計算,つまり財・サービスの量で測ったGDPとも言えるからだ。実はIMFも同様の認識をもっているらしく,IMF世界経済予測のヘッドラインに出てくる世界経済成長率の国別ウェイト付けは購買力平価ベースのGDPに基づいている。
もうひとつ筆者は個人的に「購買力平価ベースGDPは少し未来のGDP」と考えている。実際,中国などはまず購買力平価ベースGDPの世界順位が上昇し,そのあとを追うように市場為替レートベースGDPの世界順位が上昇してきた。国家はまず量的に経済発展し(この時,購買力平価ベースGDPの世界順位が上昇),経済発展に従って自国通貨が高くなり市場為替レートベースGDPも大きくなる傾向があるのだろう。
本題に戻って購買力平価ベースのGDPによるIMFの2028年予測を見てみよう。世界順位は1位中国(2022年1位),2位米国(同2位),3位インド(同3位),4位日本(同4位),5位ドイツ(同5位),6位インドネシア(同7位),7位ロシア(同6位),となっている。日本もロシアも一気に世界の上位から滑り落ちるわけではない。特に後者についてはウクライナ侵攻が終わった後も,ユーラシア大陸において一定の経済的存在感を示し続けると慎重に考えたほうがよいのかも知れない。
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