世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「繕う」企業
(関東学院大学 客員研究員・広島市立大学 名誉教授)
2023.12.18
繕うというと,子どもの服のほころびを直している親の姿がイメージとして浮かんでくる。破れたところ,穴の開いたところなどを縫っているのだが,「繕う」は,温かさとか丁寧さとか,なぜか豊かなゆっくりとした時間のなかの出来事という印象を与える。
もちろん,繕うことは,衣類だけでなく,革製品,アクセサリーや時計や本,家具や万年筆などと,幅広く行われている。手入れとか直す,あるいは整えるとかリメイク,さまざまな意味で使われているが,いずれも大切に使い続けるために繕うのである。
繕うということが,個人的な愛着のあるものをもとに(近い状態に)戻すという意味合いが強いとすると,修繕は,機械類や建物関連などに手を加えて正常にするといった感じで業務的な場合に用いられることが多い。修繕業務は,道路補修,建設関連の外装・内装から設備・備品等まで幅広い。植栽の剪定もそうかもしれないし,部位などの機能・性能を原状ないし初期の水準まで回復させるということであれば,身体の手術までも含まれるかもしれない。こうしたなかに船舶の修繕業務があり,船舶保守・メンテナンス関連企業は,日本には1,146社ほどある(Baseconnect調べ)。
貿易輸送の90%を占める国際海運は,世界約5万隻の商船によって行われている。当然ながら,それに携わる船舶は,定期的な修理やメンテナンスが求められる。オーバーホールから大小の損傷修理,また船体についた海藻などの除去,そして塗り直し塗装などと細部にわたる。顧客は,もちろん商船船主だけでなく,行政(海上保安関連など),また海洋構造物の所有者など多岐にわたる。その世界市場は,2020年で約219億米ドルといわれ,2027年には約340億米ドルに達するともいわれている(Report Ocean, 2022年1月15日付)。
日本国内の内航海運にかぎってみると,2021年のそれは,国内貨物輸送量(トンキロベース)の約40%を占めている。国内ゆえにトラックなど貨物自動車比率が約55%を占め,鉄道が約5%,航空1%未満となっている(国土交通省物流政策課資料)。内航海運の輸送品目は,長距離,大量輸送の適正性にそって,石油製品(23.3%),石灰石等(18.0%),製造工業品(14.0%),鉄鋼等(11.3%),セメント(9.9%)などとなっている(国土交通省「内航船舶輸送統計年報」令和3年度)。内航船舶数は,5,213隻(465万1,716総トン),船種別では貨物船66%,油送船19%,セメント専用船約8%,土・砂利・石材専用船約7%などとなっている(2023年3月末現在)。
すべての商船は,船主(オーナー)それぞれの要望にそって建造される。量産型ではなく,単品ものである。維持管理・保守保全・修繕業務に際しての効率は概して悪くなる。人材育成にも時間を要する。就労者の減少傾向によって人材確保にも苦労すれば,保全・安全運航管理,修繕工事の仕様決めや査定などの工程監督者も不足していくことになる。追加修繕・キャンセル・やり直しなどのトラブルは多くなり,現場のバタバタ感,やらされ感なども増してくる。そうなると,従業員の徒労感が大きい環境となっていく。
こうした船舶修繕の現状変革に取り組んでいる企業がある。向島ドック(広島・尾道)である。1929年創業,1953年の株式会社設立から70周年になる。国内最多の5本のドックをもち,特殊船も含め,ほぼ全種類の内航船,年間約300~400隻の修繕を行なっている国内有数の船舶修繕企業である。変革を先導しているのは,自動車部品大手のメキシコ法人副社長を務めた経歴をもち,2016年に求人を知り2017年に飛び込んできた現社長である。究極的な効率化を進めてきた自動車関連産業からみれば,船舶修繕業は,いささか古いが国際的なデータによるとコストの65%が労務費(そのほか,鋼材15%,塗料10%,エンジン・航法機器・荷役機器10%)といわれ,労働集約的型産業である。まさに「カイゼン」の余地大であった。大きな可能性を感じて転職し,執行役員取締役修繕事業部長,専務取締役を経て,2022年創業家社長を継いで,代表取締役社長に就いた。
入社後,まず始めたのは現状把握である。ヘルメットにRFID(無線周波数識別)タグを着けてもらい,従業員個々が「いつ,だれが,どこで,何をしたか」の正確な把握をした。そうしたデータの積み上げによって,作業標準の確立,また工事量の平準化への取り組みを進め,生産日数計画のムダをなくすなどにつなげた。事業情報の精度が高まり,働きやすく,楽になった。しかも利益が増し,福利施設の改装,また給与への反映を可能とした。
こうしていくには創業家との経営者同士の議論もあっただろうし,経営者が社員に向き合い対話し,個々の気づきや意識変革を促し,自主性や創造性を涵養することも大切であっただろう。そして,社員の想いが集約され,2023年7月,社是「信頼 挑戦」,スローガン「安定航行供給業の実現」,そして「良い会社にするためにみんなで挑戦する3箇条」として明示的にまとめられた。経営理念のリブランディングへとつながった。
こうした過程は,もちろん船舶修繕の効率化・洗練化であるが,企業そのものを繕う過程でもあった。
「繕」という漢字には,直すとか整えるとかの意味もあるが,治めるとか安定させる,また修める(学び,身につける),強くするとかの意味もあるようだ。向島ドックの事例では,船舶の修繕のみならず,会社全体また社員ひとりひとりに繕うということが及ぶような豊かさへの歩みのように思える。
さらに,同社が得た知見が,顧客である船主にフィードバックされれば,新建造の際に有益であろうし,信頼関係は向上する。船員にとっても働きやすい船舶になるだろう。使用部材などの共通化ができれば,海運業界全体での効率化ともなる。まさに「安定航行供給業」の実現につながっていく。
「繕う」ということは,失われたものを元どおりに単に直すことではなく,損なわれたモノの価値を補い埋めながら,それにかかわる人や組織,さらには業界全体また地域までにもおよぶ新しい価値を生み出すことであるともいえる。人も企業も繕っていかなければならないようだ。それが関係性の質が高い豊かな社会につながる。
【謝辞】向島ドック株式会社代表取締役社長・久野智寛氏またご対応いただいた同社の皆様には,2023年11月22日,本社でのヒアリングで,貴重な情報を提供していただいた。ここに記して深謝申し上げます。
[主な引用・参考資料等]
- 久野智寛『「船舶修繕業」から「安定航行供給業」へ-「持続的で進化的」な「新知的労働集約型&終身雇用型組織」をつくる-』2023年度第二回備後経済研究会講演(福山大学社会連携推進センター)2023年7月20日
- 鈴木英怜那ほか「地域を繕う方法」『デザイン研究』日本デザイン学会, 2017年, pp.18-19.
- 編集部(友森敏雄)「メキシコから尾道に来て確信 造船業は成長産業になる CASE4向島ドック」『Wedge』2023年12月号(Vol.35, No.12)pp.28-29.
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