世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3217
世界経済評論IMPACT No.3217

チリ最南端で見た合成液体燃料社会実装への幕開け:出光興産とMOUを締結したHIF Global社の挑戦

橘川武郎

(国際大学 学長)

2023.12.11

 羽田から11時間半飛行機に乗って,アメリカのヒューストン。そこから9時間半乗り継いで,チリの首都のサンティアゴ。さらに国内便で3時間費やして,南緯53°の町,プンタ・アレーナスへ着いた。

 子供だったころ,学校の先生に,日本から穴を地球の中心に向かって掘れば,反対側の出口はチリになると聞いたことがある。2023年の8月,日本から最も遠い国チリの,しかも最南端に位置するハルオニの合成液体燃料(e-fuel)製造装置を見学する機会があった。マゼラン海峡に臨むプンタ・アレーナスの郊外にある,本格的なものとしては,世界初のe-fuelプラントである。

 距離の遠さもさることながら,38℃のヒューストンから2℃のプンタ・アレーナスへの「温度差攻撃」も体にこたえた。しかし,それらすべてを吹き飛ばす,すばらしい経験となった。

 ハルオニプラントの起点となるのは,出力3.7MWの1基の風力発電機。世界に名の知られた「パタゴニアの風」を受けて,順調に回っていた。風は通常,太平洋から大西洋に抜けるとのことであったが,見学当日は,逆方向の風が吹いていた。風力発電機の稼働率は,なんと65%に達すると言う。日本の陸上風力発電の平均稼働率の3倍以上の高水準だ。この風力発電機が生み出す電力のコストは,2.4米セント/kWh。ハルオニプラントの競争力の大きな源泉となっている。

 風力で得られた電力を使って,水を電気分解する。そこで作られた純度の高い水素を二酸化炭素と合成させてメタノールを製造し,さらには合成メタノールから合成ガソリンを作り出す。これが,ハルオニプラントの基本的な工程だ。

 ハルオニプラントを訪れた当日,二酸化炭素は,アルゼンチンからローリー輸送されたバイオマス由来のものを使っていた。したがって,この日製造されていた合成メタノールや合成ガソリンは,文句なしのカーボンニュートラル燃料だったことになる。ただし,たとえ化石燃料由来の二酸化炭素を用いていたとしても,製造過程での吸収量と使用過程での排出量とが等しくなる(オフセットされる)点から,ハルオニプラントで製造されるe-fuelがカーボンニュートラル燃料であることには,変わりがない。加えて,2024年には大気中の二酸化炭素を直接回収するDAC(Direct Air Capture)設備を導入し,完全なカーボンニュートラル燃料を目指す。

 ハルオニプラントが運転を開始したのは2022年であるから,設備はみな,ピカピカで新しかった。パイロットプラントなので小粒ではあるが,合成メタノールの製造装置は,パイオニア精神を体現したたたずまいを見せており,その前に立つと,身ぶるいするような感動を覚えた。流動床方式をとるM to G(メタノール→ガソリン)装置は,思ったより大きかった。今後,M to J(メタノール→ジェット燃料)やM to D(メタノール→ディーゼル)に展開する場合には,専用の装置がさらに付加されると聞いた。

 ハルオニプラントを運営するのは,チリのHIF(Highly Innovative Fuel)Global社。

 同国の独立系電力会社AMEが74%を出資する,新鋭企業である。ドイツの自動車メーカーであるポルシェも,出資している。

 今回の見学では,HIF Global社のCEOであるCésar Norton氏が現場で,陣頭に立って説明してくださった。氏は,チリやペルー,アルゼンチンで長年,天然ガス等のエネルギー事業に携わってきた経歴をもち,2008年に誕生したAME社の創設者でもある。

 HIF Global社は,チリのハルオニプラントだけでなく,今後は,アメリカのテキサスやアラスカ,オーストラリアのタスマニアなどでも,e-fuelプラントを建設する予定である。そして,とりあえずは,e-fuelの社会実装を世界にP Rするため,2023年11〜12月にUAE(アラブ首長国連邦)のドバイで開催されるCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)の会場でも,ブースを開設するそうだ。

 HIF Global社は,2023年4月,出光興産とMOU(基本合意書)を締結し,戦略的パートナーシップを構築することをめざしている。出光興産は,このMOU締結を伝えた2023年4月5日のニュースリリースのなかで,今後,HIF Global社と共同で取り組む可能性がある事業として,海外プロジェクトからの合成燃料調達と日本国内への供給,国内外における合成燃料製造設備への共同出資,国内で回収した二酸化炭素の国際輸送と原料としての活用,の3点をあげている。

 日本政府は,2023年2月に閣議決定した「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」のなかで,e-fuelやe-methane(合成メタン),SAF(持続可能な航空燃料)などを,カーボンリサイクル燃料として高く位置づけ,政策支援の対象の一つに選定した。この閣議決定は,同年5月には,「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)として法制化された。

 e-fuelなどのカーボンリサイクル燃料は,水素や燃料アンモニアとは異なり,既存のインフラをそのまま活用できるという特徴を有する。カーボンニュートラルやGXをめざす諸施策は高コストになることが予想されるから,既存インフラ活用によってコストをある程度抑制できるカーボンリサイクル燃料の特徴は,重要な意味をもつ。

 官民協議会の発足に関して合成メタンやSAFの後塵を排した事実が示すように,これまでの日本におけるe-fuel社会実装の取組みには,やや出遅れ感があった。HIF Global社のハルオニプラントが運転を開始したこと,そのHIF Global社と出光興産がMOUを締結したことは,その遅れを取り戻す貴重な突破口となるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3217.html)

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