世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3207
世界経済評論IMPACT No.3207

10年来のILC計画2030年頃迄に着工:ホスト国候補日本は誘致英断できるか

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.12.04

 日本が初のホスト国として期待されている大規模な国際科学プロジェクトILC(国際リニアコライダー)は,計画が具体化してから今年で10年になる。建設候補地の東北地方では誘致活動が続いているが,政府が時期早尚として判断を先延ばししコロナ禍や国際紛争もあって,「計画は頓挫したか」との受けとめも少なくない。しかし,計画は国際情勢を踏まえつつ新たに2030年頃迄に着工,39年頃迄の稼働に向けて議論や準備が続いている。

次世代加速器ILC建設は日本が適地

 万物の根源を解きほぐす素粒子物理学の分野で,2012年にスイスのジュネーブ郊外フランスとの国境にあるCERN(欧州合同原子核研究機構)で,ヒッグス粒子の存在が突き止められた。地下全長27㎞の円形LHC(大型ハドロン衝突型加速器)の実験によるもので,これをさらに測定分析するヒッグスファクトリーとしてエネルギー効率の良い直線型のILC計画が翌年に具体化した。ILC建設はCERNの実験にも協力している日本が適地とされ,岩手・宮城両県の県境沿い北上山地が堅牢な地盤から候補地となっている。

 この展開を受けて,文部科学省は2回の有識者会議に諮問,候補地の東北地方では2011年の東日本大震災からの復興と地方創生もあって岩手,宮城両県を中心に活発な誘致活動を行ってきた。また,16年にILC計画の国際学会LCWSが盛岡市で開催されるなど,日本への建設が検討されてきた。しかし,ILC建設は8,000億円,維持に年400憶円を要すると見込まれ,最近のコロナ禍や戦争で国際分担協議が難しい局面から,文科省は昨年計画の有用性は認めつつも誘致判断は時期早尚として先延ばししている。

 こうした状況から,当初日本の将来に資すると全国的に関心が高まったILC計画は最近,全国紙等のマスコミ報道も少なくなり,一部では計画自体が頓挫したかとも受けとめられている。このため,東北の行政や誘致推進組織は政府への誘致要望や国民的関心の醸成に向け期成組織を結成(注1),誘致活動に取り組んでいる。ただし,頻繁に行われている講演会等の開催はほとんど東北地方内に止まって,広く国民に教宣されているとは言えない。加えて,日本政府や政界の反応が鈍く,国際的には不評が高まっているようである。

国民の共感に向けて教宣活動の展開を

 東北の誘致活動では今年9月25~27日に盛岡市で国際会議や講演会が行われた。内外の専門家による国際会議は16年のLCWS以来であり,最近の情勢を踏まえた上で改めて北上山地でのILC建設が要請された。参加したCERNやKKK(高エネルギー加速器研究機構)の専門家によると,LHCは40年迄稼働予定でその後続器のFCC計画が25年にも判断される様子で,ILCは当初計画の25年から30年頃迄に建設着工,39年頃迄の稼働が目標になる。このため,ILCの日本誘致は26年頃迄には決断が迫られる予定である。

 誘致の決断は,ホスト国日本の約半分の費用負担が大きな課題で,この費用確保と国際的な分担が最近の厳しい財政事情から最大の懸念となっている。加えて,「鵺の政権」(注2)は,当面の諸課題への対応に追われて国家百年の計といった戦略が見られない。有識者会議や学術会議の議論でも,夫々専門を離れた俯瞰的な論評に乏しい感じが見られ,長期的な戦略立案が難しくなっているかに見える。とすれば,日本が今国際的に請われている千載一遇の好機を逃がさないためには,今こそ英知を働かせるべきあろう。

 ILC誘致をめぐっては,東北地方の産官学や超党派国会議員の組織がある。従来は東北内の活動が中心と見られるので,今後は全国民の理解と共感に向けての教宣や活動が求められよう。政府は所管の文科省以外も関与し,いわばオールジャパンの体制で臨んでもらいたい。相対的な過疎地東北への国際科学プロジェクトは,世界と人や情報が行き交い(注3),日本が国際的な平和と安全保障を託されようと関心を持っている。また,日本誘致が実を結ぶことを願って止まないし,今後もILC計画の行方を見守って行きたいと思う。

[注]
  • (1)弊稿「建設候補地東北で今年初のILC講演会:政府への働きかけ強化で期成同盟も」世界経済評論IMPACT No.2844 2023.02.13.
  • (2)朝日新聞政治部『鵺の政権 ドキュメント岸田官邸620日』朝日新書 2023年9月
  • (3)昨年度CERNで働く世界中からの外国人専門家は1万6,000人になり,アジアでは日本人やインド人,中国人が多いようで,戦争中のロシアとウクライナからの専門家もここでは協力し合っていると伝えられる。また,デジタル時代のインフラであるWWWは,CERNの情報処理から生まれたといわれている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3207.html)

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