世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米ドル高修正が生じた時,円はどうなるのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.11.20
米ドルは割高,円は割安
11月初めに発表された米国の10月分ISM景気指数や雇用統計などは景気鈍化を示唆するような内容であった。さらに,11月14日発表の10月分消費者物価は前月比横ばいに留まり,インフレ率の低下を示すものとなった。これらを受けて中長期金利が低下したことに伴い,米ドルの実効為替レートも日次ベースでは10月下旬の水準から一時2%以上下落した。
ただ,物価変動の影響を除去して各通貨の総合的な強弱を示す実質実効為替レート(BIS発表)を見ると,米ドルは2010年以降の平均を15%程度上回っており,まだかなり割高のようだ。一方,円は2020年半ばから急落し,現在は2010年以降の平均を30%程度下回っており,極めて割安である。これに対し,ユーロや人民元には大幅な割高感も割安感もない。今後,米国の景気が一段と鈍化して金利が大幅に下がれば,米ドル高の修正が生じるだろう。この時,割安感が強い円が上昇するのは自然な流れのようにも思われる。
日本の実質金利は大幅マイナス
ただ,日本の状況を見ると,そうとも言いにくいようだ。インフレ率の基調を示す消費者物価加重中央値前年同月比上昇率は,昨年初めまで概ねゼロ近辺で推移していたが,その後大きく上昇し,今年9月には2%に達した。一方,政策金利である翌日物無担保コール金利は,小幅のマイナスの水準が続いている。長期金利の指標である10年物国債利回りは,昨年初の0.1%台から0.8%程度まで上昇したが,上昇幅は基調的インフレ率を大きく下回る。名目金利からインフレ率を引いた実質金利は,結果的に短期,長期とも大幅マイナスになっており,円建ての預金や債券の実質価値が目減りしている。
そこに,来年初から新NISAが始まり,個人投資家が従来より大きな金額を海外の金融資産に非課税で投資できるようになると,円建て金融資産の実質価値の低下を避けようと海外への資本流出が増大して,円の実質実効為替レートはさらに下落しかねない。
家計にとっては円高が望ましい
基調的インフレ率はようやく2%に達した所であり,日銀が目標とする持続的な2%インフレが実現するかどうかはまだはっきりしていない。世界的な景気鈍化によるインフレ率の低下を防ぐには,利上げを先送りにして円安になる方が日銀にとっては望ましいのかもしれない。
ただ,物価上昇によって,雇用者報酬や家計可処分所得は実質ベースで減少している。11月15日発表の7-9月期GDP統計によれば,実質雇用者報酬は前期比−0.6%,前年同期比−2.0%となった。さらにコロナ禍前の2019年10-12月期と比べると,4.3%減少した。家計にとっては,円高によってインフレ率が低下する方が,購買力を維持する上では望ましいと言える。政府は物価上昇を上回る賃上げを企業に求めているが,原材料や燃料などのコストの上昇をまだ製品価格に転嫁しきれていないところも中小企業などには多く,そうした中での大幅賃上げは容易ではない。年金や金融資産の取崩しで生計を賄う高齢者にとっては,物価上昇と実質金利低下は厳しい環境だ。政府経済対策に盛込まれた一時的な給付金や定額減税は,こうした状況を根本から変えるものではない。家計の実質所得の低迷によって,まだコロナ禍からの立直りの途上にある民間最終消費支出の腰折れが懸念される。7-9月期の実質民間最終消費支出は,前期比ベースで2四半期連続のマイナスとなった。
為替レートの円高,円安も,インフレ率の上昇,下落も,日本経済にとって良いことなのか悪いことなのかはその時の状況次第であるし,個々の人の立場によっても違う。2%インフレの目標にしても,現在の日本経済にとって本当に望ましいことなのか,もっと検討する必要がありそうだ。
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榊 茂樹
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