世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
変化するサウジの労働力:改革の推進力となる人材はどこから来るのか
(在サウジアラビア Phoenix社 上級コンサルタント)
2023.11.06
サウジアラビア(以下,サウジ)では,従来欧米人がコンサルタントやマネージャーといった地位につくなどし,欧米の知見をもたらしてきた。さらに,サウジ人所有の会社の中では,エジプト人,レバノン人,スーダン人が社長の右腕として実際の経営のかじを取るといったことが常となっていた。この状況が現在変わりつつある。
日本企業を含めた外資系企業や,海外の人が抱くサウジ人の労働力に対するイメージは,「勤労意欲に乏しい,働かせるのが難しい」といったネガティブなものが多く,サウジ人は働かずとも給料を得ているといった声も聞かれるほどだ。しかし,そういった労働力ばかりではなくなってきているのが現在のサウジである。海外留学から帰国した若手のサウジ人が,官民問わず新たなサウジを創成する大きな推進力になっており,これまでのサウジ人労働力に対する否定的な意見を覆すような働きぶりやアイディアを出している。筆者が見ても,以前であれば欧米コンサルタントが入り行っていた経営・運営をサウジ人が行っているのを多々目の当たりにしており,欧米出身コンサルタントが以前のように活躍した時代は終焉に向かっている。
このような優秀な人材はどこから生まれてきているのであろうか?
60-70年代,サウジでは政府奨学金に先立ち,サウジアラムコ等の大企業が従業員に対する奨学金を支援し海外留学させることにより欧米の技術や知見の習得を行った。その後,サウジは主に中東圏へ政府奨学金による留学生を送っていたが,1960年代に中東圏以外の米国や欧州諸国へ留学の機会を拡大し,1975年には数千人のサウジ人留学生が政府奨学金により高等教育を受けるために海外留学していた。さらに,2005年にはサウジ人人材の一層の能力拡大のため「アブドラ国王奨学金プログラム」が開始され,2015年までの間に,20万人以上のサウジ人が30か国以上に留学したとされ,人材育成の観点からも期待以上の成果をあげたとされる。
その後,政府奨学金プログラムは,スケールダウンや条件等を変更しながらも現在も続いている。このような政府奨学金プログラムでは,欧米のみならず,日本,韓国,中国,シンガポールといったアジア諸国も対象となる。政府奨学金は,全学費負担をするのみならず,毎月の生活費,歯科を含む医療補償,学生とその家族が年に1回サウジに戻るための無料往復航空券,高い 成績加重平均値(GPA)取得に対する報酬等もあり,非常に手厚い奨学金制度となっている。サウジはこれを更に推進し,2030年までに7万人のサウジ人学生を世界のトップ30の高等教育機関へ留学させることを目指すとしている(2022年発表)。
このような人材への投資が,先述のサウジでの大きな改革の推進力になっているが,コロナウイルスのパンデミックが優秀なサウジ人材の帰国を後押しした形になった。パンデミック以降,通常であれば,留学先諸国へのさらなる滞在を模索したであろうサウジ人留学生は,卒業後パンデミックをきっかけに帰国,パンデミックからの脱却が一早かったサウジで他に類を見ない経済的機会を目の当たりにし,国内サウジでの就職を希望する人が増加した。現在のサウジはサルマーン皇太子が推進する改革の下,以前にも増して海外での留学経験,滞在経験を生かすことができる状況にある。サウジ人からは「海外では同様の職務,職位でもサウジほど稼げない」との声も聞こえる。サウジでは官公庁では,決定権を持つ人間の若返りが起こっており,まさに留学組の80年代,90年代生まれがそのような地位に就くことも珍しくない。
また,サウジ原油価格上昇と非石油活動の力強い成長による上向きの経済が労働市場の流動性を高めており,スキルを持ったサウジ人の転職率は非常に高く,より高い賃金,より自分の希望に沿う仕事に向けた転職を1-2年といった短期で繰り返すケースも増えている。こういった有能な人材が十分活躍できるような場所やプロジェクトがサウジには多々あり,ビジョン2030に向けて更に優秀な人材が必要とされることになり,帰国生の活躍の場,労働市場の流動性も一層増すと思われる。
労働力・勤労意欲に乏しいといった目だけで見てしまえば,サウジ企業に生き馬の目を抜かれてしまうことになるだろう。
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川合麻由美
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