世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「人生100年時代」のためのファンダメンタルズ:カギとなる「機能的健康」と「経済基盤」
(日本応用老年学会 理事)
2023.10.30
「長寿大国」:日本
日本は3年超に及ぶコロナ禍のダメージにより微減が続いているものの,なお平均寿命(現在ゼロ歳の人が平均何歳まで生存可能か)では,世界有数の水準(男性81.05歳:世界4位,女性87.09歳:同1位,2022年)に位置しており,誇るべき「長寿大国」を達成している。
近年盛んに強調される「人生100年時代」到来についても,2023年統計(厚労省)によれば,日本の100歳以上の高齢者数は,過去最多(男性10,550人,女性81,589人,合計92,139人)となり10万人あたり73.74人を数えた。同統計によると日本の100歳以上人口は,1981年に1000人,1998年には10,000人を超えて,現在10万人に近づきつつある。
そして少しデータは古くなるが,60歳以上の日本人が今後どこまで生きられるかの推計(2018年金融庁推計)では,2人に1人が90歳,4人に1人が95歳までと,長寿が見込まれている。
また2019年6月金融審議会Working Groupより報告され,物議を醸した所謂「老後資金2,000万円不足」問題でも,高齢夫婦(65歳・60歳)の余命期間を30年と仮定し議論を行っている。
「健康寿命」と「不健康寿命」
世界的にも高水準な日本の平均寿命であるが,実は健康寿命(健康上の理由により日常生活を制限されずに暮らせる期間)との間にはかなり乖離がある。コロナ禍以前でのデータ(2019年)で見ても,男性の健康寿命は72.68歳(平均寿命比で-8.73歳),女性の健康寿命は75.38歳(平均寿命比で-12.06歳)であり,とくに女性の場合にはその乖離幅が大きいといえよう。
そこで政府は,「骨太の方針(2019年)」で,2040年までに男女共に「健康寿命」3歳延伸を目標とする「健康長寿延伸プラン」を策定し,各自治体に対して具体的推進を求めている。
「健康寿命」と「平均寿命」との差,言い換えれば「不健康寿命」については,グローバルに着目され,問題視されている。McKinsey Health Institute(MHI)によれば,世界的にみても平均寿命は大幅に伸びた(1960年54歳→2017年73歳)反面,「健康上の問題を抱えて過ごす期間」はあまり減少していない。(McKinsey Health Institute論文,2022年3月,邦訳「人生をより長く,豊かに過ごす」)MHIによれば質の高い寿命を延伸するためには,以下6項目において,社会が大幅な転換を図る必要がある,としている。
- ①予防および最適な健康状態の促進への「重点的投資」
- ②(健康の度合を把握するため)より「適切なデータで測定法を改善」
- ③「イノベーションの促進及び迅速化」
- ④(医療システムなどへの)「有効な戦略」・「介入を拡大する」
- ⑤すべての業界が持つ「ポテンシャルの最大化」
- ⑥各人が「自身の健康を管理」できるための支援を提供
「Well being」な長寿社会
2015年に国際連合で採択され,現在,地球的規範,グローバル・スタンダードとなりつつあるSDGsであるが,その17の目標の内,3つ目のゴールとして,Good health and Well beingが挙げられている。Well beingとは,「人間が本来求める健康的豊かさ=身体的・精神的・社会的に良好な(充たされた)状態=幸福」を指すが,これはまた「人生100年時代」を迎えた長寿社会日本の追求すべき目標でもある。そしてWell beingな長寿社会実現に求められるファンダメンタルズとして,「高齢者を支える経済基盤の充実」,と「(健康寿命を延伸する)機能的健康」の増進が両輪として,挙げられよう。
東京都健康長寿医療センター研究所では,2016年「健康長寿新ガイドライン策定委員会」を立ち上げ,2017年には「健康長寿のための12か条」を策定した。これは健康長寿(すなわち健康寿命が長い事)の根幹である3つの「機能的健康」(心身機能・生活機能・社会機能)を増進して健康長寿を達成する,言い換えれば健康余命を延伸させるために12のガイドラインを策定したものである。具体的には,日常生活の過ごし方や,健康管理の方法について,aからlまで,a食生活,b口の健康,c体力・身体活動,d社会参加,e心(心理),f事故予防,g健康食品やサプリ(正しい利用),h地域力,iフレイル(を防ぐ),j認知症(対策),k生活習慣病(制御),l介護・終末,という内容で,具体的な達成目標や指針を示している。ここでiフレイルとは,加齢と共に心身の活力(筋力や認知機能など)が低下して,要介護状態に近づくことである。
ガイドラインではフィジカル(身体的),メディカル(医学的)な要素だけではなく,メンタル(対不安・ストレス),ソーシャル(コミュニケーション,社会との関わり)といった内的・外的環境について,同様に重視されている。
健康寿命延伸のための「経済基盤」と,「資産寿命」
こうした議論を見ると,高齢者とは,かつての「弱者であって社会や生産年齢層からサポート・保護される(べき)存在=受動的な対象」という観点から,自らの寿命にふさわしい自己実現を図り,QOL(Quality of Life)向上を追求し,社会に資する存在=主体的存在,という位置付けが強調されてきている。長寿の追求にしてもよりWell beingな長寿(健康長寿)が重視される。そのためにはミクロレベルの「高齢者の健康(寿命)」,とくに3つの「機能的健康」の維持/増進と,マクロ(セーフティネットを含めて)及びミクロレベルでの「高齢者の経済基盤」の確保・安定化が,まず「ファンダメンタルズ」として重要な要素,となるに違いない。
後者については即ち高齢者の「資産寿命」が問われてくる。ここで「資産寿命」とは平均寿命(生命寿命)に対応し,高齢者の生活を支えるに足る「資産(広義)」が存在する年数・期間を指す。そして,ここでの「資産(広義)」とは,「高齢者が就労し得るであろう「所得(フロー)」と,これまでの金融資産の蓄積である「(狭義の)資産=貯蓄・投資(ストック)」の合計である。
長寿社会では伸長する平均寿命(生命寿命)に対応して,「資産寿命」の長期化が求められるわけである。前述の「老後資金2,000万円不足問題」では,高齢世帯の「貯蓄」額に,平均値(2,484万円)を使用し,生活費>年金のために,今後30年で約2,000万円(1,963万円)不足するという推計となった。この試算は,はじめて「資産寿命」が足りない・足りなくなる可能性を明示したという意義がある。たが日本の家計金融資産額を,世帯あたりの平均値で見た場合,平均値は超富裕層の保有する資産額により押し上げられており,そこで異論・議論の余地=即ち,中央値をとれば,より低い値になるであろうし,また単身世帯を中心に約2割とされる貯蓄ゼロ層の存在はスルーしてしまう,という訳である。
従ってこの試算で何らかのガイドラインを設定するための「標準的なシナリオ」とするには,無理があろう。「資産寿命」の議論は,よりきめ細かに進めていく必要がある。いずれにしろ「資産寿命」が「平均寿命」を,ましてや「健康寿命」を下回るに至っては,Well beingの実現はとてもおぼつかない。「資産寿命」延伸について,今後より地道な議論が求められよう。
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平田 潤
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