世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3167
世界経済評論IMPACT No.3167

レアメタルに纏わる2つの問題

池下譲治

(福井県立大学 客員研究員・ITI 客員研究員)

2023.10.30

 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて,今後の行方を左右しそうなのがレアメタルに纏わる2つの問題である。第1に,再生可能エネルギーやEVのバッテリー製造などに不可欠なレアメタルの生産が特定の国に集中していることだ。国際エネルギー機関(IEA)によれば,中国は2022年現在,太陽光パネルに関する生産全体の8割を超えるシェアを有している。うち,ポリシリコン,インゴット,ウエハーのグローバルシェアについては2025年までに95%に達する見込みだ。これが問題なのは,リスク分散の必要性もさることながら,より現実的な問題として,政治的に利用される可能性があることだ。中国は2023年10月20日,電気自動車(EV)の主要材料であるグラファイト(黒鉛)について,12月から輸出を許可制にすると発表した。中国は黒鉛の世界生産の65%を占める。特に,車載電池向け負極材では,中国企業が8割以上のシェアを握っているとみられる。中国政府の発表に先立ち,欧州委員会は10月4日,中国製EVが補助金を通じて欧州市場での競争を歪めている可能性があるとして調査を開始していた。さらに,同17日には,米国が中国への先端半導体の輸出規制を強化していた。中国はこうした欧米の動きに強く反発していたことから,対抗措置を取ったものとみられている。中国リスクをいち早く感じ取っていた自動車大手はすでに新たな調達先を見つけている。米テスラはモザンビークに黒鉛鉱山を保有する豪シラー・リソーシズと黒鉛調達で契約を結んでいる。パナソニック・エナジーはカナダの負極材メーカーNMGが保有するケベック州の鉱山で採掘された黒鉛を同州にある工場で負極材に加工することを目指している。実現すれば,カナダ産黒鉛をEV用電池向けの負極材料に加工する初の事例となる。さらに,日欧では,黒鉛に代わる負極材としてシリコン材への期待も高まっている。このように,資源供給の制約は環境の改善や技術革新によって打ち破ることができる。

 第2に,より深刻な問題として,規制の緩い国での採掘・加工やロンダリングなどによって環境破壊や人権侵害(児童労働,強制労働など)が行われていることだ。英フィナンシャルタイムスなどによると,インドネシアでは,車載電池としてEVの走行距離を左右するほどの重要金属であるニッケルの需要増を背景に,米フォードモーターなど世界のEV関連企業がニッケルの生産・精錬プロジェクトに殺到した。中でも顕著なのは中国企業で,インドネシアから海外へのニッケル製品の輸出は2022年に約7億5000万ドルに上り,20年間で約13倍に増加した。中国は最大の輸出先となっている。中国からの投資はインドネシアに利益をもたらす一方,中国人労働者に雇用が奪われるなどとして反発も起きている。2023年1月には,中国企業傘下の精錬所で,インドネシア人従業員約500人が賃金や安全対策の改善を求めて抗議活動を行い,双方に死者が出る事態となった。特に,問題なのは,インドネシアの329のニッケル鉱区で米NY市の面積に匹敵する熱帯林が伐採され,世界でもっとも生態系に富む森林が破壊されたことである。対応が遅れたのは,インドネシアがEVのサプライチェーンに影響力を持つ供給大国を目指していることと無関係ではない。しかし,森林破壊による大気汚染や住民の立ち退き問題などが表面化し,政治問題化したことで,自動車メーカーは豪州など代わりの供給地を探すよう求められている。

 一方,EVや電子機器の電池に使われる世界のコバルトの約80%の埋蔵量を誇るコンゴでは,悲惨な環境の中で児童労働が行われている。2019年12月には,アップル,グーグル,マイクロソフト,デル,テスラのほか,中国企業の浙江華友コバルト業も,児童労働をさせていたうえ,その子供たちがコバルト採掘中に事故で死亡または重傷を負ったとして米人権団体から提訴された。しかし,その後,米ワシントンDCの地方裁判所がこれを棄却したことは,この問題の複雑さを物語っているといえる。米労働省によれば,少なくとも2万5000人の子供が現在もコンゴのコバルト採掘場で働いていると推計している。

 こうした問題は詰まるところ,国際ビジネスの倫理問題に行き着く。特に,途上国の場合,貧困問題の方がより切実なことから,気候変動より国の経済発展を優先する傾向がある。それよりも,問題なのは,原材料の調達や加工,部品の製造と調達,車両の生産と使用,廃棄とリサイクルまで,物流も含めて,ライフサイクル全体における温室効果ガス(GHG)排出量の削減を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)において人権侵害や環境破壊を規制する手立てがないことだ。それには,気候変動に関する国際協力を促すWTOのような機関が必要だが,そうした国際機関を立ち上げるのは容易ではない。一方,池下(2023)で紹介しているように,衛星画像などによる監視システムの導入や,ソーシャルダンピングや環境ダンピングの概念を取り入れる方法がある。たとえば,レアメタルの採掘・精錬を含むEV生産の過程で人権侵害や環境破壊が行われた場合には,当該自動車メーカーからの輸入禁止も含めペナルティを課すなどのルールづくりが必要だろう。今ある法制度においても対応は可能である。たとえば,米国の貿易円滑化・貿易執行法(関税法を改正)では,強制労働によって採掘・生産された製品の米国への輸入を禁止しているほか,EUではEU域内で活動する一定規模の企業に,バリューチェーンにおける人権・環境に関するデューデリジェンスの実施を義務付けるコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案(CSDDD)が審議されている。

 最後に,不法採掘やロンダリングなどによる搾取を無くし,人権侵害,環境破壊を許さないための国際的なルールづくりや監視システムの必要性を強調したい。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3167.html)

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