世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3158
世界経済評論IMPACT No.3158

熊本・千歳半導体クラスター形成のために:アクセルとしての賃貸型・購入型「工業団地」整備

朽木昭文

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・放送大学 客員教授)

2023.10.23

 空間経済学の理論として「固定費の削減が産業集積を促進する」という結論がある。製造業の外国投資が入居する固定費用のうちで比率が高いのは土地と建物である。したがって,工業団地の設立が企業の固定費を削減する。特に,賃貸工業団地は,購入工業団地よりも入居企業の固定費を大幅に削減する。これを企業の海外進出のための『世界主要都市の投資コスト比較』(ジェトロ)から明らかにする。

 結論として,「製造業ワーカー(一般工職)」と「賃貸工業団地」との関係が固定費の削減により外資導入に重要である。また,海外誘致企業数を拡大するには,固定費の削減がアクセルとなる。このことを因子分析により明らかになる。

1.『日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』(ジェトロ)

 2010年の製造業産業集積の固定費用削減要因(2010対象地域:北京,上海,広州,大連,瀋陽,青島,深圳,バンコク,ジャカルタ,マニラ,セブ,バンガロール,コロンボ)。

 第1因子は,ワーカー(一般工職),エンジニア(中堅技術者),中間管理職の「人材」関連の要因と工業団地土地購入価格,工業団地借料,事務所賃料の「工業団地」関連の要因となる。特に,「製造業ワーカー」賃金と「工業団地」借料との関係が重要である。第1因子得点が高い都市は,「北京,上海,深圳,バンコク」である。

なお,他の第2因子が「ガス料金」,第3が「対日輸出と第三国輸出のコンテナ輸送料金」,第4の因子が「水道料金」である。

2.ジェトロ調査による2022年の製造業産業集積の固定費用削減要因(世界)

 第1因子は,「製造業ワーカー」,エンジニア(中堅技術者),中間管理職の「人材」関連の要因と工業団地借料となる。特に,「製造業ワーカー賃金と工業団地借料」の関係が重要である。なお,ここでカンボジア,ベトナム,ミャンマーでは,工業団地は販売されていない。製造業の労働と関連があるのは,購入型の工業団地と共に賃貸型の工業団地であり,特に後者が工業団地入居企業の固定費の削減に有効である。

 第2因子が,製造業の事務職賃金,非製造業マネージャー(課長クラス)という「人材」関連の要因と電気料金とガス料金である。

 第3因子が,水道料金,コンテナ輸送料金,エンジニア賃金である。

 ところで,2022年の第1因子の得点が高い都市は,「上海,北京,香港,台湾,ブエノスアイレス,サンパウロ」である。つまり,これらの都市が集積に成功する条件は,賃貸工業団地の建設により初期投資の固定費を削減することである。なお,2010年の第4因子の「北京,上海,深圳,バンコク」についても同様である。

3.中国・大連製造業2022年の例(ジェトロ調査)

 各種賃金として,製造業に関してワーカー(一般工職)が月額506ドル,エンジニア(中堅技術者)が月額822ドル,中間管理職(課長クラス)が月額1268ドルである。また,非製造業スタッフ(一般職)が月額1037ドル,マネージャー(課長クラス)が月額2185ドルである。

 工業団地(土地)購入価格が96ドル/㎡,工業団地借料が月額2.97ドル/㎡,事務所賃料が月額22ドル/㎡である。

 公共料金に関しては,業務用電気料金が0.095ドル/kWh,業務用水道料金が0.68ドル/m³,業務用ガス料金が0.46ドル/m³である。

 コンテナ輸送費に関しては,コンテナ輸送(40ftコンテナ)対日輸出804ドル,コンテナ輸送(40ftコンテナ)第三国ロサンゼルス港輸出13,915ドルである。

4.製造業ワーカー賃金と賃貸工業団地借料が産業クラスター形成の第1因子

 第1因子として,ワーカー(一般工職)と工業団地(土地)購入価格,工業団地借料,事務所賃料の「工業団地」関連の要因となる。特に,「製造業ワーカー」賃金と「工業団地」借料との関係が重要である(注1)。

 熊本・千歳半導体クラスター形成への教訓は,購入とともに賃貸の工業団地も準備するこだ。固定費を削減することにより多数の企業を誘致することができ,集積の効果を発揮できるようになる。

5.九州シリコンアイランド・北海道半導体集積の構築のアクセル

 日本は30年の停滞からようやく回復の道が見えた。中国からの撤退を探る企業が日本を選ぶ可能性が出てきた。それは,台湾企業TSMCの熊本進出を起点に九州産業クラスターの形成が一つの事例である。

 結論として,クラスター形成のマスター・スイッチは「輸送費の削減」である(注2)。物流コストの削減は絶対である。そして,クラスター形成の悪説として,固定費費用削減のための工業団地の提供,特にレンタル工場などが産業集積に有効となる。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3158.html)

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