世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3104
世界経済評論IMPACT No.3104

政治,経済,外交の全てに行き詰まる中国共産党

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2023.09.11

 中国が苦境に陥っているのは,米中衝突だけが原因ではない。共産党独裁体制がもたらした停滞や混乱に加え,習近平政権が改革開放の歯車を逆回転させていることで,急速な下降が始まったのである。

 中国共産党総書記の習近平氏が慣例を破って3期目入りした昨年10月の党大会で,最有力の首相候補だった胡春華副首相が党政治局委員から中央委員に降格され,無任所となる異例の人事が行われた。胡春華氏を高く評価して引き上げてきた胡錦濤前総書記は,人事が採決される会議の冒頭,外国特派員が傍聴する目の前で強制退去させられたこと,その後も胡春華氏の降格の理由が発表されないことは,異常事態と言うべきだろう。

 習近平氏は2012年の党大会で総書記,2013年の全国人民代表大会で国家主席に選出された際,前任の胡錦濤氏の都市と農村,経済と社会,人と自然の調和や国際社会との調和を重視する路線を変え,「中華民族の偉大な復興という中国の夢」を掲げ,国家富強,民族復興,人民の幸福の実現を路線として宣言した。胡錦濤氏は,改革開放を牽引した鄧小平氏が江沢民氏の後任として指名した指導者であり,共産党青年団(共青団)書記だった。同じ共青団書記の経歴を持つ指導者が,今年3月まで首相だった李克強氏であり,降格された胡春華氏だった。胡錦濤氏の調和を重視する路線を継承しようとしていた李克強首相は,特に2期目の2018年以降,習近平主席との政策上の食い違いが露わになっていた。

 新首相に任命されたのは,上海市書記から抜擢された李強氏だった。新型コロナに対する厳格なロックダウン政策を行い,抗議する住民から罵倒される光景がSNSで流された李強氏は,中央の役職の経験がなく,浙江省では当時書記だった習近平氏の直属の部下だった。

 習近平主席は,第1期政権発足時から未曾有の汚職摘発を展開し,昨年の党大会では,10年間に腐敗で立件した党幹部,官僚は464万8000人を上回ると発表した。官僚の腐敗は,改革開放以来,政府統制経済と市場経済が併存する体制の下では,不可避の問題である。1980年代末に,モノ不足でパニックが起きるほどのインフレの中,統制ルートから市場ルートへモノを移して差額を懐に入れる汚職が横行し,「世論の監督のみが腐敗を正すことができる」という趣旨で学生,知識人が民主化を要求し,広範な市民が支持したのが六四天安門事件だった。しかし,最高指導者の鄧小平氏はその要求に応ぜず,米国等の扇動による政権転覆運動だとして弾圧した。これは,民主化を拒絶する一方,汚職には寛容となる流れを作ったと言わざるを得ない。

 鄧小平氏は,計画経済から社会主義市場経済へ転換するに当たり,条件のある者は先に豊かになって良い,先に豊かになった者が遅れた者を引き上げれば良いとする「先富論」によって大衆の欲望を肯定し,経済成長に弾みをつけた。すると,天安門事件後に上海市書記から抜擢された江沢民主席は,党幹部の欲望を肯定する党規約変更を行った。「党は労働者階級の前衛部隊」としていた党規約を,「労働者階級の前衛部隊であると同時に,生産力発展の要請、文化前進の方向、人民の根本的利益を代表する」と変更したのである。「三つの代表」重要思想と呼ばれるこの変更は,科学者,芸術家,資産家も中国共産党に入党できることを意味しており,言い換えれば,党幹部が資産を形成しても良いことを意味する。

 こうして,中国は国家資本主義,正確に言えば党専制資本主義となったのである。改革開放の成果が大衆の所得向上という分配を実現している間は,全てを共産党が統治する体制は順調に機能したが,やがて「中所得の罠」に差し掛かった時,弾圧を強めるか,民主化の方向への政治改革を進めるかの選択を迫られたのが,胡錦濤政権末期だった。そして,習近平主席は,前者をえらんだのである。

 2千年来の中華文明は,霊魂は子孫の先祖供養によって安寧を得るという死生観と,現世では男系宗族の中で役割分担し,世界中のどこでも拠点を作って互いに守り合うという道徳觀で人々は生きている。歴代王朝と現国家はともに,経済と文化の高みを作り,文字と法律を統一し,治安を維持すれば,諸民族が集まって交易し繁栄するというシステムである。人々が専制政治を受け入れるのは,王朝交代期の大混乱の中では,誰も生命と財産を守れないという歴史的経験が遺伝子に組み込まれているからである。だから共産党幹部が軒並み,資産形成と海外逃避の準備に余念がないのである。

 「3つの代表」以降,中国社会の内部では,昇進するにも,ビジネスをするにも,宗族の外の人間と関係を築くには,相手に利益誘導することは当たり前になっている。だから,習近平主席が進めた未曾有の汚職摘発に対し,脛に傷のない幹部は居ないと言って過言ではなく,結果として,イエスマンになる以外に助かる道はないのである。新たな指導部には経済の専門家がいないことが指摘されているが,どの専門分野であれ,習近平主席の認識を正すような専門家は排除され,思っても言わないイエスマンだけが生き残っていると思われる。

 政治改革を拒絶した習近平政権は,新聞記者や人権派弁護士を大量に拘束し,全大学で7つの禁句を通達した。即ち「普遍的価値」「報道の自由」「公民社会」「公民の権利」「党の歴史的誤り」「権貴(権力貴族)資産階級」「司法の独立」である。

 経済政策では,国有企業を国民経済の骨幹とし,民営企業は補助的存在と位置付けた。民営企業から大企業に成長したIT企業群,特に決済システムで金融業界に大きな影響力を持つに至ったジャック・マーのアントグループは,党の管理下に置かれることになった。

 不動産バブル崩壊は,江沢民主席と朱鎔基首相時代,中央の権限を強化するため中央の税収比率を高め,地方の比率を減らしたことから,地方政府が税収を確保するためには農地を安い保証金で収容し,不動産開発業者に高く払い下げる方法に頼らざるを得なくなったことに端を発する。富裕層や中間層が増えても,為替が自由化されていないから,資産運用は国内の不動産(上物の所有権と土地の区分使用権)か株で行うしかない。しかし,中国の企業統治や情報開示は全く整備されていないから,投機用マンションしか運用先が無いのである。鬼城(幽霊都市)と呼ばれるマンション群は,いずれ耐用年数とともに資産価値が無くなることは,初めから分かりきっていた。

 また,ゼロコロナ政策の影響でライフスタイルや消費マインドの冷え込みも深刻なようだ。若年失業率が上昇し続け,政府はついに失業率の発表をやめてしまった。2021年春にSNSで流行した「寝そべり主義」は,激しい受験競争を強いられてきた若者たちが疲弊し,家も車も買わず,恋愛も結婚も子作りもせず,低消費の生活をすることが最も得策という叫びだった。今年の6月末,大学卒業式の後,死体を演じる写真をSNSに投稿することが流行った。最早,叫ぶ気力すら残っていないという表現だ。

 今年2月,中国の気球が米国内の軍事基地周辺に侵入したことから,ブリンケン米国務長官が訪中を延期した。気球は高度を変えることによって異なる気流を利用し,かなり任意の場所を人工衛星より近い高度で偵察することが可能だという。

 戦狼外交の主役を演じる王毅政治局委員・外相は,去る7月3日,青島で開催された「日中韓三国国際協力フォーラム2023」に出席し,米国を念頭に「域外の大国が地域の分断をあおっている」「頭を金髪に染めて鼻を高くしても,西洋人にはなれない」「欧米人は中日韓の区別がつかない」「われわれは自分のルーツがどこにあるのか知るべきだ」などと語り,物議を呼んだ。

 8月22〜24日に南アフリカで開催されたBRICS(新興5カ国)首脳会談で,習近平主席はインドのモディ首相とも会談を行った直後,28日に中国自然資源部が発表した「新地図」が,インド,ネパール,ロシア,ベトナム,フィリピン,マレーシア,ブルネイと領有権を係争している地域を全て中国領としていることから,各国を始め国際社会から厳しい批判を浴びた。9月4日,9日から開幕するインドでのG20サミットに,習近平主席が欠席することが発表された。

 昨年,ロケット軍の詳細な内部事情が米国メディアに流れ,スパイの存在を疑った習近平主席は,7月末に司令員を海軍出身者,政治委員を空軍出身者に交代させた。異なる軍種の人材に,徹底的な内部調査行わせるためと見られるが,調査期間中は,核ミサイルの運用が停止することになろう。

 また,北京や雄安新区を水害から守るため,8月1日に河北省のダムを緊急放水させた結果,水害が発生して人命が失われたことが報じられているが,9月になって,水害が発生した地域の中には,首都を防衛する38軍などの基地が含まれており,放水命令を出した李強首相の過失を厳しく問う事件も起きたという話も漏れてきている。

 とにかく中国共産党は,満身創痍の状態と言って良い。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3104.html)

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