世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.567

米国はいつTPP協定を批准するのか

滝井光夫(桜美林大学 名誉教授,国際貿易投資研究所 客員研究員)

小島 眞(拓殖大学 教授)

2015.12.28

 TPP発効の鍵を握るのは米国である。全12ヵ国が迅速に国内手続を完了すれば,2016年中の発効もあり得ようが,2016年が大統領選挙の年となる米国が早期に国内手続を完了することは不可能に近い。協定発効には,TPP域内のGDP(2013年)総額の85%以上を占める6ヵ国以上の国の批准が条件となるから,米国(60.5%)と日本(17.7%)のどちらかが欠ければ,TPPは発効しない。「85%・6ヵ国以上」の条件が満たされれば,発効は早くても協定署名後2年と60日後となる(TPP協定第30章第5節)。

 米国の国内手続は,2015年貿易促進権限法(TPA)に基づき上下両院がTPP実施法案を可決することで完了する。選挙日程を勘案すると,米国議会がTPP実施法案を審議する可能性があるとみられるのは,次の4期間となろう。

 ①各州の予備選挙が一段落し,7月中旬以降開催される全国党大会までの2016年5~6月の期間,②11月8日の投票日から2017年1月3日の新議会開会までのレームダック期間,③新議会開会から2017年1月20日の新大統領就任までの期間,④新大統領就任以降。

 オバマ大統領としてはTPP批准をレガシーとして残したい。TPAで規定された期限よりも30日も早くTPPの協定テキスト全文を公表したのも,早期の批准の意欲の表れでもある。オバマ大統領はトルコ・アンタルヤG20,マニラAPEC会議への出発前日の11月13日,ホワイトハウスにキッシンジャーなど歴代4国務長官,スコークロフトなど3人の元安全保障担当補佐官,四つ星の大将などを招き,TPPの安全保障上の重要性を訴えた。これはクリントン大統領がフォード,カーターおよびブッシュ大統領を招いてNAFTA批准を訴えたひそみに倣ったものである。

 しかし,国境を接した2ヵ国とのNAFTAと太平洋を挟んだ11ヵ国とのTPPとは大きく異なる。クリントン大統領は労働と環境に関する補完協定を締結した4ヵ月後にNAFTAを批准したが,TPPはそう簡単にはいかない。

 民主党には労働問題を中心に貿易協定には強い不信がある。ヒラリー・クリントン大統領候補は現状では賛成できないと表明している。実施法案審議で鍵を握る共和党の上院財政委員長と下院歳入委員長に対する説得も重要だ。ハッチ財政委員長(81歳)は医薬業界のドンで生物製剤の特許保護期間を実質8年に短縮したことを批判し,再交渉を求めた。またブレイディ歳入委員長は今後数ヵ月協定内容を徹底的に調べ,よい協定となれば支持するが,民主党議員を説得する責任はホワイトハウスにあると述べている。

 オバマ大統領のTPP協定署名は,協定締結の意思を表明した11月5日から90日以内の2月3日以前に行われ,大統領が現行法の変更点を議会に報告するのは署名後60日以内の4月3日以前,ITC(国際貿易委員会)が協定の影響評価報告書を議会に提出するのは署名後105日以内の5月18日以前となると予想される。

 ITCの影響評価報告書が出る前にTPP協定実施法案が議会に提出されることはまずあり得ない。実施法案は一旦議会に提出したら修正はできないから,政府は歳入委員会および財政委員会と逐条審査し,完全を期さなければならない。しかも,成立が保証された状況でなければ法案は提出しないから,議員を周到に説得して過半数の賛成を確保しなければならない。

 こうなると,上記①の5~6月の実施法案審議は事実上不可能となる。では②のレームダック期間はどうか。まず落選議員もいるレームダック期間にこれほど重要な法案審議を行うのは強引すぎる。再交渉で議会の批判を解決した韓国などとのFTA実施法案の審議(2011年)は9日で完了したが,TPPの審議は,TPAが規定する審議期間(下院60日,上院30日)を大幅に短縮するのは困難だから,レームダック期間は短すぎる。同様の理由で,③のオバマ大統領の離任前も可能性は小さい。

 結局,米国議会がTPPを批准するのは,オバマ大統領の任期が終った2017年1月21日以降,新政権と新議会となる公算が大と筆者はみる。当然,TPPの発効も2017年以降となろう。

 ピーターソン国際経済研究所のジェフリー・ショットは10月6日の研究所内のインタビューで,「2017年より前のTPP発効はあり得ない。手続きが遅れればさらに後にずれる」と述べている。その理由は,上記のようなところにあるのだろうと筆者は考える。

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