世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
メタネーション技術の概要:カニバリゼーションを超えて
(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)
2023.08.21
総合資源エネルギー調査会の電力・ガス事業分科会における電力・ガス基本政策委員会ガス事業制度検討ワーキンググループは,2023年2月に開催した第26回会合から,都市ガスのカーボンニュートラル化についての審議にとりかかった。3月に開かれた第27回会合では,メタネーションが議題となった。その場で配布された事務局資料(資源エネルギー庁「合成メタン(e-methane)について」,2023年3月13日)には,今,日本で取り組まれているメタネーション技術の概要が,要領よくまとめられている。ここでは,その内容を紹介することにしよう。
メタネーションの方法については,化学反応によるものと生物反応によるものとに大別することができる。化学反応によるメタネーションでは,サバティエ反応を使うものが一般的であるが,より高効率な合成の実現をめざす革新的メタネーションの技術開発も始まっている。
サバティエ反応は,フランスの科学者ポール・サバティエ(1854−1941)が発見したもので,4H2+CO2→CH4+2H2Oという反応式で示される。原料は水素と二酸化炭素で,化学反応を用いる。温度は500℃以下で,基本技術は確立済みである。総合効率は55〜60%で,総合効率の向上と反応熱のマネジメントに課題を残す。
サバティエ反応によるメタネーションに取り組む日本の研究開発企業としては,INPEX,日立造船,IHIなどを挙げることができる。すでに毎時数㎥〜十数㎥規模の生産が実現しているが,現在,生産力を毎時数百㎥規模へ拡充するための開発が進行中である。そして,30年までに毎時1万〜数万㎥規模の生産を実現することをめざしている。
既存のサバティエ反応とは異なる革新的メタネーションには,大阪ガスが進めるSOEC(固体酸化物形電気分解セル)方式と,東京ガスが取り組むハイブリッド・サバティエ方式およびPEM(固体高分子膜)方式とがある。いずれも電気化学反応によるメタネーションであり,原料が水と二酸化炭素である点に特徴がある。水素の外部調達を,必要としないのである。これらの革新的メタネーションは,現時点ではラボレベルでの研究開発にとどまっているが,30年までに毎時10〜数百㎥規模の生産を行おうとしている。そして,40年代には毎時1万〜数万㎥規模の生産を実現することをめざしている。
SOEC方式は,メタン合成連携反応を用いるメタネーションであり,3H2O+CO2→CO+3H2+2O2とCO+3H2→CH4+H20という二つの反応式で表現される。800℃までの高温反応となるが,排熱を有効利用することにより高効率化を図る。総合効率85〜90%の達成を目標としている。高温電解に必要なセルの開発,メタン合成触媒の耐久性・反応制御の向上,高温下で一連の反応を連続して行うシステムの構築が,今後の課題である。
ハイブリッド・サバティエ方式は,水電解と低温サバティエ反応を連携させるメタネーションである。反応式は,4H2O+CO2→CH4+2H2O+2O2となる。220℃以下の低温反応ではあるが,排熱を有効利用して高効率化を図る点ではSOEC方式と変わりがない。目標とする総合効率は,80%超である。水電解に必要なセルの開発,メタン合成触媒の耐久性・反応制御の向上が,課題となる。
PEM(固体高分子膜)を用いるメタネーションの反応式は,ハイブリッド・サバティエ方式と同じく4H2O+CO2→CH4+2H2O+2O2である。80℃以下の低温反応である点に特徴があり,低温であるため大型化が容易である。また,1段階の反応でメタン合成を行うため,設備コストの低減も可能になる。目標とする総合効率は,70%超である。メタン合成触媒の耐久性・反応制御の向上が,課題となる。
ここまで化学反応によるメタネーションについて見てきたが,これらのほかに生物反応によるメタネーションについても,開発が進んでいる。これは,バイオガスを製造するわけではなく,回収した二酸化炭素を微生物機能を用いてメタネーションするものである。東京ガスと大阪ガスが生物反応によるメタネーションに取り組んでおり,現在,ラボレベルでの研究開発を行なっている。
以上のように,現在,日本では,①既存のサバティエ反応を使うメタネーションの大型化,②革新的メタネーション,③生物反応によるメタネーションという,三つのタイプの異なる技術開発が並行して進行しているわけである。アメリカの経営学者クレイトン・M・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』や『イノベーションへの解』などの一連の著作で指摘したように,同一の市場においてタイプの異なるイノベーションに同時並行的に取り組むことは,至難の業である。イノベーション間のカニバリゼーション(共食い,顧客への提供価値が類似する自社製品・技術同士が,互いに収益を奪い合ってしまう現象)が起きかねないからである。
今後,メタネーションに取り組む都市ガス会社や関連企業は,異なるタイプの技術開発に向けて,どのように限られた経営資源を配分するかという難題に直面することになる。ただし,忘れてはならないのは,多様な選択肢があることは,リスクの分散につながる点である。革新的メタネーションに関して大阪ガスと東京ガスが違う方式に取り組んでいることは,日本のガス産業全体の観点からは,リスクを分散しているとも言えるのである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
- 分 野 :科学技術
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