世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
関東大震災から100年:首都機能移転再考
(高崎経済大学 名誉教授・元(公社)日本地理学会 会長)
2023.07.24
関東大震災と遷都論
関東大震災は1923年9月1日に発生し,東京・横浜を中心に甚大な被害をもたらした。発災直後の大阪朝日新聞は,全滅した東京中心部の復興は容易でなく,堅固な土地で物資の安定供給可能な京都再遷都論を社説等で報道している。
関東大震災発災直前に加藤友三郎総理が死去し,発災翌日に第二次山本権兵衛内閣が成立,という政治的にも混乱していた。しかし,副総理格で内務大臣に就任した後藤新平が帝都復興院総裁を兼務し,強力なリーダーシップで未曾有の混乱を乗り切ることができた。
後藤は就任日に東京復興の基本方針を1人で策定したという。その骨子は,①遷都論を否定,②欧米最新都市計画を採用,③復興費30億円,④断固たる態度での計画遂行である。東京を見捨てずに本格的に復興させるこの簡潔な政府意思表示により,東京市民の不安と動揺は収まり,遷都論は沈静した。その後後藤は内務大臣・鉄道院総裁時代の有能な官僚・技術者・学者を総動員して,3ヶ月で復興予算をまとめ,執行している。
現在の東京は100年前に比べ,強靱化した面もあるが,地盤等自然環境は脆弱で,社会・経済・政治システムは高度化・複雑化し,危険性は増している。関東大震災から100年,首都機能移転を再考してみたい。
巨大災害後に繰り返される首都機能移転論議
自然の営為は,時に自然の論理を無視した開発への反発として,人間社会の弱点を容赦なく突いてくる。首都直下巨大地震は,東京一極集中という国土構造上の弱点を突き,日本の政治・経済社会・文化の中枢拠点・司令塔を喪失させ,東京のみならず日本・世界全体に深刻な直接・間接被害を惹起する。低所得者や高齢者,構造不況業種,欠陥建築物,自然・人文環境に問題を持ち危機管理意識の低い地域・組織ほど甚大な被害を受け,社会的格差の拡大,地域力・国力低下そして国家存亡の危機を招きかねない。
このため,阪神淡路大震災や東日本大震災など巨大災害後には首都機能移転論議が繰り返された。しかし,当面の災害復旧・復興事業が優先され,首都機能移転論議は沈静化し,移転は実現していない。こうした歴史や関東大震災後の後藤の政策から,首都機能移転実現には次項が重要となる。①有事には復旧・復興が優先されるため,平事での検討・決断,②国のかたち・首都機能移転について国民論議の深化,③強力な政治的リーダーシップである。
首都機能移転の意義
東京から新都市への首都機能移転の意義を国の国会等移転調査会・審議会は1995年12月に,①国政全般の改革,②東京一極集中の是正,③災害への対応能力強化とした。すなわち,経済・政治行政中枢機能の同時被災を避け,時代の大転換期に対応したレジリエントな「国のかたち」・国土構造づくりを目指した。それにより,新首都を世界の首脳が膨大な警備体制なく自由に交流できる国際政治都市にもできる。
日本は農業社会の首都京都を産業革命に対応すべく東京へ遷都し,世界に冠たる中央集権型階層ネットワーク構造の工業社会を構築したが,今日の知識情報社会は分権型水平ネットワークを基本構造とする。中央集権型階層ネットワークの国土構造では対応しにくい。にもかかわらず日本は過去30年間,首都機能移転をすることなく,首都直下地震に怯えつつ東京一極集中を加速し,十分に知識情報社会へ構造転換できず,に国力を衰退させてきた。
首都機能移転・持続発展型国土づくりへ地理教育の役割
大災害後に沸騰する首都機能移転論議も直ぐ冷める要因として国民の,①「国のかたち」創りと災害に関する広範な議論欠如,②脆弱な俯瞰的・中長期的時空間認識,③国づくり・災害を自分ごとと考えず,移転経費はコロナ禍の全国旅行支援人ほぼ同額なのに過大認識,④地域エゴによる冷静・論理的移転先選定の難しさなどがある。「国のかたち」は衣食住確保と安心安全な生活を求めて活動する人々の想い・活動の総体といえ,国のあるべき姿実現には国民の認識力強化が求められる。
現在の地方創生・地方移住(人口分散)・本社地方分散政策などで東京一極集中の是正や国のかたちを変えることは不可能である。膨大な国家財政を費やしてきたが,基本的国土構造の転換はない。首都機能移転こそ効果的で,それには地理教育で培われる時空間的・中長期的,世界的視野で考える力が必要となる。
日本国を救うのも首都機能移転の利害得失を受けるのも日本国民である。経済大国日本の災害対応力強化は,世界の経済社会に安寧をもたらす。その実現には国民の国土・空間認識向上が不可欠で,地理教育とりわけ2022年度から必修化された高校『地理総合』の役割が重要となる。かかる教育を受容した生徒が成人となり,持続発展型国土づくりに尽力し,あるべき国のかたちに日本を再構築することを期待している。
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