世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3033
世界経済評論IMPACT No.3033

モディ首相の訪米と今後の米印関係

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2023.07.17

 今年6月22〜24日,モディ首相は国賓として訪米した。バイデン政権下で国賓として招待されたのは,今回,マクロン仏大統領,韓国の尹錫悦大統領に続いて,モディ首相が3人目である。インドはクワッド4ヵ国のメンバーであり,米国とは包括的グロ-バル戦略的パートナーシップを形成しているものの,日本や豪州の場合とは異なり,米国とは同盟関係にはない。議会の上下両院合同会議でのモディ首相の演説は再三のスタンディングオーベーションを巻き起こしたが,今回のモディ首相の訪米で浮かび上がってきたのは,すでに米印両国は経済,安全保障両面で通常の同盟関係に引けを取らないような緊密な関係を形成しつつあるという事実である。

強化される米印間の戦略的パートナーシップ

 冷戦体制崩壊後,これまで米印関係が緊密化に向かう上での節目をなしたのは,2008年の米印原子力協力協定の締結であった。その狙いというのは,NPT(核不拡散条約)非加盟を終始貫き,そのため国際的核の秩序から除外されていたインドとの民生用原子力協力を開始するというものであった。それに続く重要な節目として注目されるのが,昨年5月の両国首脳の提案に基づいて,今年1月に両国の国防担当責任者の間でその具体的な方向性が打ち出された「重要・先端技術に関する米印イニシアティブ」(iCET)である。iCETで謳われているのは,イノベーションのエコシステム,国防イノベーション・技術協力,強靭な半導体サプライチェーン,宇宙,STEM(理工系)人材,それに次世代通信の分野での米印協力である。

 2014年当時,米印国防技術イニシアティブが提唱され,GEのF414ジェットエンジンのインドへ技術移転が目指されたことがあったが,ハイテク技術の移転を阻止するための法律がネックとなり(注1),頓挫したという経緯がある。ところが今回,iCETは両国のトップダウンによるものであり,かつ首相府と国家安全保障会議(NSC)によって策定されたということで,その実効性は格段に高いといえる。実際,今年1月にiCETが策定されて以来,今回のモディ首相の訪米に照準を合わせる形で,2月にはドヴァル印国家安全保障問題担当補佐官の訪米,さらにはイエレン米財務長官の訪印,3月にはレイモンド米商務長官の訪印,4月にはオンライン首脳会談,6月にはオースチン米国防長官,さらにはリバン米国家安全保障問題担当補佐官の訪印が相次いで実施され,米印間で事前に入念な調整が図られた。

米印共同声明の内容

 米印共同声明の内容が物語っているように,今回のモディ首相の訪米を契機として,今後,①二国間防衛協力,②貿易投資パートナーシップ,さらには③各種技術項目(AI,量子技術の開発,人間宇宙飛行,通信-ORAN,6G-,バイオクノロジ―など)の分野で米印間の緊密な関係構築に大きな弾みが与えられることになった。とりわけ特筆されるべき点として挙げられるのは,次の3つである。

 第1に,これまでGE-F414ジェットエンジンはインドへの供与が困難とされていたのであるが,今回,国有企業ヒンドゥスターン航空機との間で技術移転を伴う共同生産が認められたことである。技術移転のレベルは60~80%とされ,99基の最先端GE-F414ジェットエンジンが国産戦闘機テジャス-MK2に搭載される見通しとなった。

 第2に,ジェネラル・アトミックス社より攻撃用ドローン(MQ-9B)が購入されことになったことである。米国企業は全体の8〜9%までのインドでの生産を認めたいようであるが,インド側は15〜20%までの生産を求めている。上記のドローン31基が30億ドルで購入され,インド洋での中国潜水艦の探知用にも活用される模様である(注2)。

 第3に,半導体のサプライチェーン強靭化に資するべく,マイクロン・テクノロジーがグジャラート州にて8億2500万ドル規模(インド側の支援を含めれば,27億5000万ドル規模)を投じて,半導体の組み立て,検査工場を立ち上げることが発表されたことである。これに加えて,アプライド・マテリアルズ,ラム・リサーチによるインドの半導体エコシステムへの投資意向も確認された。

米印間の太い経済的絆

 経済面については,米印両国はすでに緊密な関係を形成しており,インドにとって米国は中国を上回る最大の貿易相手先である。22年度の米印貿易は対前年度7.8%増の1288億ドルに上っており,日印貿易の実に6倍近い規模である。サービス貿易を含めれば,米印貿易はさらに6割程度上乗せされることになる。投資面では,近年,米国はシンガポールに次ぐ有力な対印投資国として台頭している。

 他方,インド企業の側もすでに米国の50州において400億ドル規模の投資を行っており,米国企業の対印FDI残高600億ドル(2000年以降)に比肩し得る規模といえる。さらに注目されるのは,米国に居住する約400万のインド系移民の多くは高学歴のプロフェッショナルであり,多くの米国企業はそうしたインド系技術人材を通じて先端のR&Dや技術開発を手掛けているという事実である。

今後の展望

 今回,さらに安全保障面でも米印間の提携強化が一段と図られたわけであるが,その背景にあるのは,世界が多極化する状況下にあって,米印両国ともそれぞれ中国からの脅威を共有し,中国への対抗力の形成を迫られているという地政学的要請である。米印両国とも,一国だけで中国に対抗するのは十分ではない。そうした文脈からすれば,民主主義を共有するインドを強化することは,米国にとって大きな得策である。戦略的自律を標榜し,他国への依存を潔しとしないインドとは同盟関係にはないものの,インドには地域の大きなバランサーとしての役割が期待できるという意味で,米国にとってインドは頼りになる有効なパートナーとして位置づけられる(注3)。また着実に国力増強を目指すインドからしても,米国との関係強化は,経済,安全保障の両面で大いに歓迎されるところである。インド太平洋地域の潮流を大きく形成する二国間関係として,今後の米印関係の動向は大いに注視されるところである。

[注]
  • (1)具体的には,The Export Administration Regulations(商務省管轄),The International Trade in Arms Regulations(国務省管轄)の2つの法律である。
  • (2)Seema Sirohi, “Genuine AI: America-India,” The Economic Times, June 21, 2023
  • (3)インドは台湾有事に係ることは期待できないが,そうした有事の際に中国(人民解放軍)をヒマラヤ山脈やインド洋に引き付けておくことは十分可能な国である。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3033.html)

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