世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.539

混迷する軽減税率の制度設計:朝改暮変こそが賢明な政治選択

小黒一正

(法政大学 教授)

2015.11.24

 安倍首相は10月上旬,2017年4月の消費税率の引き上げと同時に軽減税率の導入を検討するよう指示を行い,政府・与党は年内の決着に向けて詰めの作業を行う予定だ。

 現状では,軽減税率の導入がほぼ既定路線になりつつあるが,制度設計の観点からみて,この問題の解決を難しくしている問題の本質の一つは,「対象品目の線引き」と「減収額」がトレードオフの関係をもつことにある。

 まず,対象品目の線引きだ。現在のところ,「酒を除く飲食料品」か「酒,外食を除く飲食料品」を軽減税率の対象とする案が有力だが,内で飲食するケースと持ち帰るケースの区別や,スーパーやコンビニなどでよく見かける「おまけつきのお菓子」等が軽減税率の対象となるか否かが,問題点として浮上している。また,欧州の経験をみても,何を軽減税率の対象品目にするかの判断を巡っては,課税当局と事業者との間で訴訟が起こり,何年間も法廷闘争を繰り広げなければならなくなる可能性が高く,社会的なコストは非常に大きい。

 このような問題を回避するためには,できる限り軽減税率の対象品目を広めにとる必要があるが,その場合,減収額は大きくなってしまう。というのは,消費税率を1%引き上げると2.7兆円の増収となり,軽減税率を導入しない場合,消費増税(8%→10%)で5.4兆円の税収増となる。だが,「酒,外食を除く飲食料品」を対象にし,消費税率を8%に据え置いた場合,約1兆円の減収であり,「酒を除く飲食料品」を対象にした場合は同1.3兆円の減収となる。

 仮に「酒を除く飲食料品」を対象とすると,税収増は4.1兆円(=5.4兆円-1.3兆円)に減ってしまう。つまり,これは24%もの税収ロスであり,同じ5.4兆円の消費税収を得るためには,消費税率を10.6%(=8%+2%÷(1-0.24))まで引き上げる必要がある。このような問題を回避するためには,できる限り軽減税率の対象品目を絞り込む必要があるが,その場合は対象品目の線引き問題がより難しくなってしまう。つまり,「対象品目の線引き」と「減収額」がトレードオフの関係にある。

 そもそも,低所得者対策をするのであれば,軽減税率の導入以外にも,「簡素な給付措置」で対応する方法と,「給付付き税額控除」で対応する方法もあり,標準的な経済学者はこちらを推奨するケースが多い。

 簡素な給付措置の事例は,前回の消費増税(5%→8%)で実施された臨時福祉給付金(総額約0.3兆円)である。他方,給付付き税額控除の実施には,各個人の所得などを正確に把握する必要があるが,2016年1月からマイナンバーの利用が始まり,この対策も可能となる。いずれにせよ,年内の決着は間近である。朝改暮変という政治選択もあり,公平性や社会的コストといった様々な問題も考慮して,冷静な政治判断をすることが望まれる。

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