世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2985
世界経済評論IMPACT No.2985

アフターコロナと貿易制限措置の課題

川島 哲

(金沢星稜大学経済学部 教授)

2023.06.05

 APEC通商担当大臣会合の前夜(日本時間2023年5月24日)にデトロイトで発表された最新のAPEC地域動向分析報告書(APEC Regional Trends Analysis, May 2023)によると,一般政府の総債務は2022年に過去最高水準に達し,先進国ではGDPの112%に急増したが,APEC地域ではGDPの65%に達した。APEC政策支援ユニット(PSU)研究所の上級研究員レア・C・ヘルナンド氏は「パンデミック関連の貿易回復の勢いが弱まる中,商品貿易量も今年は低い伸び率となる可能性が高い。懸念しているのは,特に輸出制限や禁止に関する貿易制限措置の累積である。そして,発効している貿易救済措置の数は増加傾向にある。アンチダンピング措置や相殺関税などである」と述べている(注1)。同報告書11ページに貿易制限措置数のグラフが掲載されているが,右肩上がりに増加しているのがわかる。

 では,この増加していると指摘されている貿易救済措置とはいかなるものか。経済産業省によれば,貿易救済措置には大別して3つある。アンチダンピング(AD)及び補助金相殺関税(CVD)並びにセーフガード(SG)である。ADは,輸出国の国内価格よりも低い価格による輸出(ダンピング輸出)が,輸入国(日本)の国内産業に被害を与えている場合に,その価格差を相殺する関税を賦課できる措置である。CVDは,政府補助金を受けて生産等がなされた貨物の輸出が輸入国の国内産業に損害を与えている場合に,当該補助金の効果を相殺する目的で賦課される特別な関税措置である。SGは,特定品目の貨物の輸入の急増が,国内産業に重大な損害を与えていることが認められ,かつ,国民経済上緊急の必要性が認められる場合に,損害を回避するための関税の賦課又は輸入数量制限を行うものである(注2)。

 上記で懸念されていると指摘された輸出制限や禁止に関する貿易制限措置について『2022年版 ジェトロ世界貿易投資報告』によれば,新型コロナ対応として各国・地域が暫定的に導入した貿易関連措置のうち,2022年6月末時点で輸入自由化や関税削減に関する措置が109件,輸出制限・禁止措置が42件が継続中である。ロシアのウクライナ侵攻直後より,ロシア向けの輸出入の制限・禁止措置などが拡大している(注3)。

 さらにジェトロ「ビジネス短信」によればWTOは2022年7月27日,WTO加盟とオブザーバー国・地域の貿易関連措置に関する監視報告書を公表した。

 直近6カ月(2021年10月16日~2022年5月15日)で,新たに貿易促進措置を230件,貿易制限措置を109件特定した。そのうち,ウクライナ紛争に関する輸出制限措置が32件(貿易額696億ドル相当),同関連の輸入促進措置が18件(383億ドル)を占める。30カ国・地域は食料や飼料,燃料,肥料の輸出禁止・制限措置を計55件講じている。WTO事務局によると,5月半ば時点で,これら措置の15件は撤廃された一方,残り40件は25カ国・地域で継続している(注4)。

 本年(2023年)5月5日にWHOテドロス事務局長が,新型コロナ緊急事態の終了を宣言表明した。新型コロナは完全に収束したわけではないが,平時に向け新たなフェーズに入っている現在,新型コロナ関連の貿易制限措置のうち輸入自由化や関税削減に関する措置及び輸出制限・禁止措置の緩和や撤廃が望まれる。貿易制限は新型コロナやウクライナ侵攻以外の理由もあるだろうが保護主義化を回避するためにも緩和・撤廃が期待される。

 さらに貿易救済措置の増加に関しても今後の改善を注視していかねばならない。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2985.html)

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