世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
私立文系大学と大学教育改革
(西南学院大学経済学部国際経済学科 教授)
2023.05.29
国立の研究大学に30年間在職し,停年前に地方の私立文系大学に転任してきた。地方といっても政令指定都市の大都会,学生の学力レベルも,教員の研究レベルも高い伝統校である。こうした大学が果たしうる社会的貢献を「教育」という視点から考えてみたい。もっともコロナ禍中に転任してきたため,本学がこれまで行ってきた大学改革や,現在抱えている制約条件などについては全く無知なので,以下は本学の見解とは何の関係もなく,あくまで一般論を端的に提言するのみに過ぎない。
筆者は,常々学生たちに,「短期的に役に立つことばかり勉強して,即戦力になることを考えるな,役に立たないことこそが長期的には君たちの生産性を高める,それが格差社会のなかで高等教育を受けている君たちの社会的責任だ」ということを繰り返し説教しているが,これは以下の改革案の通底にある考え方である。
(1)入試改革:高大接続と総合型選抜
18歳人口の減少によって,「一般入試」だけで定員を満たせなくなっている大学が多くある一方で,大学進学に「学校推薦型選抜」や「総合型選抜」(AO入試)が採用されて30年以上経過しているにもかかわらず(日本で最初のAO入試は1990年の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス),その評価は定まってはいない。多くの大学教員にとっては負担の増加でしかなく,そもそもアドミッション・オフィス(AO=入学事務局)を設置している大学さえ極めて限られている。また高大接続も声高に叫ばれ続けている一方で,それがAO入試や推薦入試と明確な関連を持っているとは言い難い。
そこで,大学の教員組織とは異なったアドミッション・オフィスを,本格的に設置することを提言したい。このAOは,教育研究職をリタイアした大学教員,高校教員,予備校教員や,大学同窓会から選抜されたOB・OG,学生の就職先企業職員等から構成されるものとし,受験生の書類選考から面接まで,全てこのAOが責任を持つものとする。
(2)カリキュラム改革:学部と大学院をリンクさせた5年一貫教育
すでにいくつかの大学が,この「学部・大学院一貫教育」を採用している(例えば筆者の勤務校近くの九州大学経済学部の学部・学府一貫教育プログラム),筆者の問題意識は3つある。第一に,多くの文系大学では,3年次までに要卒単位をほとんど取得し,4年次は就活に終始し,卒論が必修でない大学では,4年次が大学の教育課程として機能していない。第二に,多くの文系大学にける大学院教育は,「企業では役に立たない」という意識が未だにはびこっていて,その意識改革を,大学側と企業側双方で共有しない限り,諸外国の大学・大学院教育との格差は広がるばかりである。第三に,大学院研究科を持っている大学で,院生定員を満たしうる大学はごく限られていて,しかも当該大学の学士課程卒業者の大学院進学率は非常に低い。
文系大学の4年次を教育課程として機能させるには,3年次までに取得した単位数とGPA(およびTOEFL等の英語検定試験のスコア)だけで院生候補を選抜し,4年次に修士1年次のコースワークの履修を可能とし,5年次には修士論文の執筆と就活に充て,5年間で学士と修士の2つの学位を取得できるような教育課程の再編を進めるべきである。企業側には学士だけでなく修士学位を取得している学生には,初任給などで優遇措置を与えるなどのインセンティブが重要である。
(3)大学院改革:社会人の「学び直し」とリンクさせた大学院教育
岸田首相は2022年秋の臨時国会の所信表明演説で,「リスキリング」の支援に今後5年間で1兆円の予算を投じる方針を示し,2023年4月のG7労働雇用相会合でも,リスキリングの重要性を確認する共同声明が採択された。学び直し先進国で,人口が少ないフィンランドでは,最も大切な資源は人材であり,そのために欠かせないのが教育である。同国経済を危機にまで陥れたノキア・ショックから10年,政府や自治体がとった対策は,資金注入などで「企業を救う」のではなく「人や技術を救う」こと,今ではノキア企業城下町はかつての活気を取り戻したという。
ただ,文系の学生に,データサイエンスやデジタル教育は必要であるが,スティーブ・ジョブズの言う「イノベーションはテクノロジーとリベラルアーツの交差点で生まれる」ということも,忘れてはならない。技術・金融・環境といったテクノロジーが独り歩きしない倫理教育は,ビジネススクールでも重視されていることであり,リスキリングの一つの柱となるはずである。リスキリング大学院での社会人と,(2)で提言した5年一貫教育で修士課程に入ってくる若い院生が,同じの教室で学ぶことの意義は,非常に大きい。
これら3つの提言は,①大学教員や学生の意識改革が必要であることは言うまでもないが,②何よりも就職先企業の考え方の抜本的な変化が必須であり,③また同窓会の理解と協力(同窓会を高齢卒業生の仲良しサークルではなく,現役学生への寄付金ファンド化する改革も必須),④さらにはリタイアした元大学教員の経験と知見の動員も視野に入れたものである。
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