世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2900
世界経済評論IMPACT No.2900

2023年におけるアジア太平洋経済協力(APEC)プロセスを巡る所感

石戸 光

(千葉大学大学院国際学術研究院・バンコクキャンパス 教授)

2023.03.27

 アジア太平洋地域の政府間フォーラムであるアジア太平洋経済協力(Asia Pacific Economic Cooperation: APEC)においては,環太平洋地域(東アジア,東南アジア,太平洋地域および南北アメリカを包摂する広域)の貿易・投資を通じた経済的な安全保障への懸念が顕在化している。アジア太平洋地域を巡る地域統合の動きは,同地域の政府間フォーラムであるAPECの1989年における設立を契機に,太平洋戦争後の同地域における貿易・投資を通じた経済関係の緊密化と政治体制の違いに起因する分断の中で,揺動しつつも進展してきた。

 しかし,いわゆる資本主義体制をとる米国および日本,社会主義的な体制をとる中国およびロシアがいずれもAPECのメンバーとなっているため,2019年末より現在に至る新型コロナウィルス感染症の影響および2022年に顕在化したロシアの領土拡張政策によって,地球規模での貿易・投資は分断化の方向がより顕著になっている。APECは非拘束的な(条約交渉ではない)国際フォーラムであり,可能な限りロシアも交えつつ,その積極活用が今年はとりわけ期待される。

 特に貿易・投資面を中心とした「経済の安全保障」(社会機能としての貿易投資の円滑化),および地球環境面・人間生活に直結する労働面の向上を含めた「人間の安全保障」のAPEC域における確保がいかにして連動的になされるべきかについては,今後のAPECの重要な政策課題である。筆者は先日,米国カリフォルニア州のパームスプリングスにて,APECの高級実務者会合の関連専門家会合に出席して,サービス貿易の推進およびロジスティクス関連(サプライチェーン)の回復に向けた意見交換を各国・地域からの参加者と行ってきたが,それらのアジェンダは,煎じ詰めると「経済の安全保障」と「人間の安全保障」が連動しており,前者と後者が相補的に負の連鎖を生んでしまいかねない点をベースとした根源的な課題設定であることを専門家間で共有してきた(出席した専門家会合には,ロシアからの参加者は残念ながら見られなかったが)。たとえば半導体の輸出入のアジア太平洋地域における縮退と政治体制ごとのブロック経済化は,経済安全保障の悪化に直結する。同時に産業連関的な意味においてエネルギー・資源のAPEC域での貿易・投資を通じた利活用状況に大きな変化をもたらし,このことは地球環境面の一致した取り組みをも困難にし,また半導体の生産動向も大きく変化することから,先端技術の研究開発および加工組立を含めた人的な労働面への大きな制約ともなる。

 米国,中国,ロシア,オーストラリアおよび東南アジア諸国をメンバーエコノミーとして含むAPEC域において産業の基盤となる製品(たとえば半導体)・サービス(たとえば医療,物流,環境サービス)が分断されることは,経済安全保障および人間安全保障の双方を悪化させることにつながるため,APECにおいてとりわけ重視され,米国が議長を務める2023年のAPECにおいて主要な議題となっていくであろう。APEC関連資料によると,「強靭で持続可能な未来」(Resilient and Sustainable Future)を創造するための2023年のアジェンダが討議されることとなる。貿易と投資,デジタル化とイノベーション,持続可能性と包括的成長といった個別キーワードの下で,APEC域の成長軌道への回帰が期待される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2900.html)

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