世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2878
世界経済評論IMPACT No.2878

深刻の度を増す米中関係とアジア経済

平川 均

(国士舘大学 客員教授・名古屋大学 名誉教授)

2023.03.13

 米中対立はどこまで進み,グローバル経済そしてアジア経済はどうなるのだろうか。

 アジア太平洋経済に焦点を当て今世紀の構造変化をIMFのデータで確認すると,2022年の中国の経済規模は米国の7割,日本の4倍である。日本と中国の経済規模が逆転したのは2010年,この年の中国は米国の4割であった。2000年の中国の経済規模は米国のわずか1割強,日本の4分の1に過ぎなかったので,この間の変化は想像を超えるといっていい。

 2010年代には,中国の対外政策も米国の対中政策も大きく変わった。2008年の世界金融危機を経て世界第2位のGDPの達成前後から中国は対外的に強硬姿勢が目立ち始め,米国も2018年3月にはトランプ大統領による米中貿易戦争が始まった。米国が同年7月に中国製品に追加関税を課すと,翌年9月までに4度にわたり追加関税のかけ合いが繰り返された。

 2020年1月には「第1段階の合意」が成立したものの,その翌月からは新型コロナ感染症(COVID-19)によって両国間の対立が再びエスカレートした。3月にはトランプ大統領がCOVID-19を中国ウィルスと呼び,次々と対中制裁を課していく。7月には,ポンペオ国務長官が1972年のニクソン大統領の訪中に始まる対中「関与」政策を誤りだったとして,中国に対抗する「民主主義の同盟」を西側諸国に呼びかけた。対立点は,中国の産業政策,サイバー攻撃,知的財産権の盗取,先端技術覇権・安全保障上のリスク,ウイグル自治区の人権侵害問題などにまで広がっていた。安全保障上のリスクは,次世代通信5G技術で先頭を行くファーウェイ他の中国企業との取引の規制となり,南シナ海での軍事基地の建設に関わった中国建設企業も取引禁止リストに加えられた。米国企業による対中投資規制,中国企業による米国証券・株式市場上場規制なども本格化し始めた。情報通信網・海底ケーブル建設計画は,中国への直接的な連結が断念された。

 中国も米国へ対抗措置をとった。2020年3月には国内でCOVID-19を抑え込み,いわゆるマスク外交を展開した。ワクチン開発に成功するとワクチン外交にものり出した。他方,米国に限らず中国に批判的な国には脅迫ともとれる非難を行い,いわゆる戦狼外交が展開されるようになる。COVID-19ウィルスの発生源問題で「独立した検証」を求めたオーストラリアへは大麦,牛肉,ワインなどの輸入品に高関税が課せられた。

 国内の法整備も米国に倣う形で進められた。2020年8月以降,改訂版「輸出禁止・輸出制限技術リスト」,「信頼できないエンティティ・リスト制度」,中国輸出管理法などが次々と施行した。2021年早々には「外国の法律及び措置の不当な域外適用を阻止する規則」が施行された。米国の制裁に応じる海外企業への対抗措置が立法化された。中国も2021年6月にはデータセキュリティ法(同年9月施行)を,8月には個人情報保護法(11月施行)をそれぞれ成立させた。中国ネット企業や個人のデータ流出を禁止し,デジタル貿易での規制を強化し,国内で独占化したネット企業への規制も強化した。

 2021年1月に米国に誕生したバイデン政権は中国を「唯一の競合国」と規定して,トランプ政権の対中政策を継承,発展させる。しかも,トランプの一国主義的対中政策に代えて,西側先進諸国との協調重視の対中政策を採る。米商務省のエンティティ・リストに登録された中国事業体数は,2022年8月には約600に達した。リストに登録された企業との取引は禁止され,その規制は第3国企業に及ぶ。同年10月には,先端半導体の輸出管理規制で,AI(人工知能)関連の先端半導体,先端半導体を含むコンピュータ,それらの製造装置にまで規制は拡大した。2023年1月にはファーウェイへの輸出の全面禁止の報道が流れ,その実施は時間の問題のようにみえる。翌2月の中国偵察気球の撃墜事件を経て,エンティティ・リストには中国の航空宇宙関連企業と電子科学技術の研究所の6事業体が加えられた(JETROビジネス短信2023.2.13)。今月2日には,遺伝子データを扱う中国企業を含む約40の企業・事業体が輸出禁止の対象に加えられた。理由は民族弾圧に利用される危険性である(日経夕刊2023.3.3)。

 だが,こうした対立で注目したいのは,国家安全保障と先端技術の覇権リスクに基づく産業政策とデカップリングである。バイデン政権は誕生すると同年3月にはトランプの始めた米日豪印4カ国のQuadの連携に動き,9月には豪英米の間で軍事同盟のAukusを発足させた。2022年5月には,TPP離脱でトランプが自ら足場を外したアジア経済への架橋対策として,インド太平洋経済枠組み(IPEF)を実態化させた。同年8月には産業政策の「CHIPS及びサイエンス法」を成立させ,米国半導体産業への500億ドルを含む合計2500億ドルにも及ぶ補助金でもって先端製品の製造能力と技術革新の国内回帰及び雇用増に乗り出した。ちなみに,中国は,既に2015年に「中国製造2025」を採用している。

 その試みが成功するか否かは不透明であるが,互いに強い不信感がデカップリング政策を推し進める。しかもそれは,2022年2月からのロシアのウクライナ軍事侵攻も加わって,いっそう強い信念となった。トランプに始まる米中対立は,2021年には先端半導体製造企業に脱中国の製造設備投資計画を具体化させていたが,2022年にはそれが一層広がった。

 新聞報道によれば,2022年の米国の対中貿易額は4年振りに過去最高となり,先端技術財を除いた日用品や食品で米国の輸入の伸びは著しい(日経2023.2.8)。米中経済の分離の難しさが知らされる。だが,同年下期の外国企業の対中直接投資は18年振りに最低となり,年間では73%も減少した。主要な代替投資先はASEAN地域である。対中投資の減少では,米中対立に加えて習近平政権によるゼロコロナ政策などが指摘されている(Nikkei Asia 2023.2.8)。いずれにせよ,先端技術企業の脱中国の動きはほぼ確実である。

 アジアに目を向ければ,米中対立は東南アジアや南アジアへの企業進出の波をもたらし,サプライチェーンの再編が進む。その投資の波でASEANは「漁夫の利」を得ている(日経ビジネス・オンライン2022.11.22)。だが同時に,中国企業の投資も加わって,ASEANでの中国の存在感も増している(小島 2022)。

 トランプ政権による米中貿易戦争が始まって既に5年になる。その間に,新型コロナ感染症パンデミック,ウクライナ戦争が次々と追い打ちをかけた。他方,東アジアでは2018年にCPTPPが,2022年にはRCEPが発効し,経済統合の制度化が進んでいる。中国はRCEPメンバーであるだけでなく,米国がCPTPPに戻る可能性がほぼ無い中でCPTPP加盟を申請している。

 それでも,冷戦構造の崩壊で1990年代以降加速したグローバリゼーションは,その前提条件が劇的に変化した。グローバル企業はサプライチェーンの再編を余儀なくされ,事実上フレンド・ショアリングが進行している。中国は「中国製造2025」を発表した同じ2015年,人民元国際決済システム(CIPS)も立ち上げていた。CIPSはウクライナ戦争で国際決済システム(SWIFT)から締め出されたロシアとの取引などで,その利用が大きく伸びている。また,2017年にはサイバーセキュリティ法を施行して個人情報を含む重要情報の国内保存が義務化され,またセキュリティ製品の導入で国家の認証が義務化され,統制色が強まっている。現在開催中の中国全国人民代表大会(全人代)でも,対米対決姿勢を強め,国内産業の統制を強める方向に向かっているようにみえる。

 アジアは経済統合の枠組みによって,米中対立がもたらすデカップリング,フレンド・ショアリングを乗り越えられるだろうか。米中でポピュリズムが台頭すれば,対立はさらに深まる。ASEANや南アジアでは,中国と西側諸国との複雑な競合状況が生まれている。対立を乗り越えるには,相互に不信を取り除く努力が要る。だが,今のところその糸口を見つけ出すのが難しい。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2878.html)

関連記事

平川 均

最新のコラム