世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2869
世界経済評論IMPACT No.2869

元帝国の再現か:ポスト・ウクライナ戦争の世界

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.03.06

 世界最大の歴史的版図はモンゴル=元帝国であった。世界帝国からその後の世界経済への転換として,世界経済史を描いたのはウォラースティンだが,世界帝国を再び中国が再建する勢いを見せている。その契機にもなり得る国際交渉は,現在進行中のウクライナ戦争である。国連や周辺諸国の停戦交渉は機能していない。そこで名乗りを上げたのが中国である。中国はウクライナ戦争の停戦に関して,プーチンとゼレンスキー大統領の仲介をするとの表明(2月24日)をした。表向きは「ウクライナは中国の『一帯一路構想』の重要な経路でもある」ということと「ロシアに核兵器の使用を留まらせるため,ドローン技術の提供をしたい」ということのようである。歴史の結節点になり得る重要な国際交渉は,いつの時代もベールに覆われている。しかし,経済的動機や産業・固定資本構造の動向は,それ自身が定向進化せざるを得ないので,ジャーナリズムの現地報道よりも,経済分析の方が動向判断に最適な場合が多い。この視点で分析すると,中国は王手飛車取り,漁夫の利を得る作戦に出たように思える。

 中国産業の高度化は益々エネルギー多消費社会になっており,これは当分後戻りできない。陸続きのロシアの石油天然ガス及び地下資源は喉から手が出るほど欲しい。また,ウクライナの伝統的ローテク産業技術と軍事技術も中国にとっては宝の山である。空母「遼寧」をウクライナから購入したことは周知の事実である。ウクライナのエンジニアとアメリカ留学帰りのハイテク産業が融合すれば,向かうところ敵なしになる。そして,ウクライナ戦争で疲弊したロシアとウクライナを属国化できれば,正に元帝国の再現を手繰り寄せることになる。

 キッシンジャーはウクライナ戦争が始まった直後に,交渉案としてロシアの「ドンバス地方併合を事実上認めるしかない」ようなことをいっていた。それだけ,旧ソ連経済にとってこの地域は最重要拠点であった。この実態に関しては,M.Dobb “Soviet Economic Development Since 1917”(1948 / 1961)のPart Two&Threeに描かれている。プーチンはロシア経済の拡大・再建のため,当初,短期間に首都と工業地帯を押さえることを目標にした。しかし,戦闘が一年も続いた結果,ドンバス工業地帯の破壊は深刻である。もっともこの工業生産技術体系は既に現在の先進技術と比較すれば,相当時代遅れのものである。だが,KGB支配体制の哲学からすると,経済システムの有効な社会体制は眼中にないようだ。自ら新規産業や現代工業を開発できないのである。旧社会主義諸国は国民統治のため情報遮断が不可欠であり,そのため過剰に写真技術や通信技術の開発を抑制してきた。そして,ICチップやハイテク・コントロール技術産業を阻害する羽目に陥った。

 産業革命は「技術の革命」と共に「社会の革命」という二重の革命であることは,経済史家の共通認識である。それ故,社会の変化を嫌う政治制度では,技術開発も十分に推進できなくなってしまう。フランスのアルジャンソン侯の定説である。未だに信奉者が多いエンゲルス=レーニンと旧ソ連アカデミーの社会主義的唯物論は,主に19世紀の科学観=ローテク崇拝の技術体系である。この教条主義から脱却できない技術論は21世紀を開拓できない。そして,この政治社会体制では古典的な強権システムに先祖返りするしかないし,経済産業構造の劇的変動過程を理解することも出来ない。活力あるベンチャービジネスは社会的広がりと流動性が極めて高い分野であり,旧来の大企業病の見本のような「軍産複合体」とは無縁な組織体である。このことを認識できないロシアは現在の戦争にも,ポスト・ウクライナでも勝利することは不可能である。

 結果はただひたすら我執に拘り,「略奪的な面的空間的拡大」と「人民の強権的支配」のみを追及し,プーチンは新たな統治原理を構想できなくなっている。従って,この戦争は永続化が避けられなくなっている。戦局の展開にもよるが,大統領選挙やクーデターによる政権交代は一層困難になるはずである。またベラルーシはソ連崩壊後,直ちにロシアから独立したが,決して西側諸国の政治体制に移行することはなかった。独立はクレムリンからの単純な分離であり,同じようなKGB国家の細胞分裂に過ぎなかった。ここに錯綜した国際政治の版図が存在することを,我々は改めて確認しなければならない。

 いずれウクライナ戦争はいかなる形であれ,戦火が止むことになる。その際,我が国が「ウクライナの戦後復興協力」を担う,と期待されているようだ。しかし,周辺国の台頭著しい時期に,さらに有能な人材が世界各地に飛散している情勢下に在って,経済協力の美しい言葉に惑わされ,経済力と国力を消耗することのないようにしなければならないだろう。満員御礼の世界と全球情勢を踏まえて,我々は甘え過ぎてきた戦後平和主義を卒業し,もっと世界の近未来について自覚的であるべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2869.html)

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