世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2864
世界経済評論IMPACT No.2864

欧州議会 汚職腐敗とゼレンスキーとマクロン

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)

2023.02.27

 2024年の欧州議会選挙の動きがカタール汚職事件の影響を受けて急に足早になってきた。EUの弱点のひとつは「民主主義の赤字」と表現されるように欧州連合体制と欧州市民の関係が疎いことである。来年2024年は欧州議会選挙の10回目の年となる。5年ごとの行われる次回選挙は次の4点で大いに注目される。➀去年12月9日に発覚したカタール・ゲイトと呼ばれる汚職収賄事件の震源地となった欧州議会に対するEU市民の反応,②欧州政治情勢の政党多極化時代が24年の欧州議会選挙にどう影響をあたえるのか,③フランスの大統領選挙後,初の選挙となる欧州議会選挙の意味合い。④第3に欧州議会の三権分立EUガバナンスおけるその位置づけが鋭く問われてくる。

 まず第1に欧州議会には法律違反についての厳しい処罰規定が欠けており欧州議会内部の意思決定のあり方が厳しく問われている。欧州議会ではその透明性,高潔清廉,倫理,腐敗撲滅精神についてのルールがどのように運用されているのか議論が紛糾した。逮捕された4人の欧州議会議員にはカタールとモロッコ両国政府から巨額の現金が授受されていた。2021年ベルギー連邦警察等によるとエヴァ・ガリ副議長の自身の旅行鞄に15万ユーロ相当の紙幣,彼女の父親から50万ユーロ紙幣が発見された。ドーハのサッカー・ワールド・カップ開幕直前の2022年11月14日,カタールのアル・マリ労働相らは欧州議会人権小委員会での「カタール批判は厳しすぎる」と発言するなど欧州議員の間には刑事免責の空気が存在。多数の議員と職員も巻込んだ形となり,同問題のために2022年末には欧州議会の機能はマヒするまでに及んだ。議員に対する処罰を課す権限は欧州議会長にあるが,政治的な忖度などを含む様々な理由で処罰の審議が進めることができないと嘆く。多くの欧州議員は規則を遵守しなくても構わないと思っている節がある。過去にも不祥事の透明性を明らかにする規則強化を提案したが実現できなかった。調査委員会は欧州議会議長と14人の副議長で構成されるが,改革の実行の意欲に乏しく,不平不満が募っている。欧州議会の不祥事は,監督不行届き,権限の偏在,人事の停滞,業務管理のチェック不備,職員の資質低下,業者との癒着,議員活動の透明性欠如など多岐の理由にわたり,議会は倫理・会計ルールの人材養成を急務としている。腐敗,即ち「市場の失敗」は市場経済移行と逆行する。

 第2に2024年の6月6日から9日までに実施される欧州議会選挙を目指した政党の動きがカタール汚職事件の発覚によって慌ただしくなってきた。最初の兆候として欧州人民党(EPP)が不祥事を起こした社会主義政党にダメージを与えようとこの事件を利用しようとする動きが表面化。欧州議会議長ロベルタ・メトソラは欧州議会議員に対してこの不祥事を選挙目的のために利用してはならないと戒めた。国連機関が行っている国際犯罪被害者調査の結果から汚職・贈収賄(Corruption)による被害を過去1年間に経験した者の割合を各国比較したグラフによるとエヴァ・ガリ副議長の出身国ギリシャは対人口比でハンガリー,ポーランドの4%を遥かに上回る13.5%でトップである。”袖の下”が横行するギリシャにおける汚職・賄賂は2011年のユーロ危機の発火点となった。政治腐敗防止に取り組む国際的な非政府組織(NGO)「トランスペアレンシー・インターナショナル」によると,ギリシャは,税の申告,医師の診療,建築の許認可などに絡む賄賂が公然と存在し,相場は50ユーロ~1万5千ユーロ,富裕層の巨額の脱税も珍しくない。地元の報道では課税を逃れる所得の総額は年950億ユーロ(約10兆円)に上る。OECD諸国の中でも汚職被害の割合は,高い国と低い国とが明確に分かれ,汚職率の高いのはギリシャ,ハンガリー,ポーランドといったEUに後から加盟した東欧諸国が多い。西欧先進国は概して汚職率が低く,最も高いフランスでも1.1%に止まっている。日本は0.2%と西欧先進国と比較しても最も低い国である。対ロシア戦争にあるウクライナのEU早期加盟要請にも影を落としている。ウクライナはEU加盟を急ぐが,ロシアに次ぐ汚職腐敗大国,加盟時に要求されるコペンハーゲン基準など法の支配の順守は必須条件である。ゼレンスキー大統領は政府要人,オルガルヒ財閥,州知事の更迭や追放をEU首脳部のキーウ来訪時に発表して,そのEU加盟意思を強くアピールした。一部では重要軍人の更迭等が対ソ戦争への意欲を削ぐことを懸念さえする声もある。

 第3に2024年の欧州議会選挙がフランスの政治情勢にも波紋を投げかけている。マクロン大統領にとり二期目5年間の真ん中の2024年のこの選挙は,言わば米国の「中間選挙」にも相当する。欧州議会選挙の結果は2027年のフランス大統領選挙の行方を占う上で重要である。任期に後のないマクロンが国民議会の解散に打って出て「奇跡」の反転に出るとの噂さえ囁かれる。さらにマクロン自身から大統領任期7年論が提起されてもいる。2024年は6月欧州選挙,7月パリ五輪,というなかで,ポスト・マクロンの後継者争いとして,ルメール,フィリップ,ダルマナンの3者間の緊迫した与党予備選挙が予想されている。

 第4は4億人のEU有権者の選挙結果を反映した欧州議会の人事と組織の改革が進むのか正念場となる。欧州議会の最大会派からEU委員会の委員長を選出すべきという,あの筆頭候補者「Spitzenkandidten」原則がその真価を問われるであろう。リスボン条約第17条7項に沿い各会派の筆頭候補者のなかから欧州委員会委員長を選出する「筆頭候補制」が導入されたが,メルケル首相支持,マクロン大統領反対のなかでの密室選考には不満が渦巻き委員長人事は最後まで難航した。欧州議会内で親EU派政党が総議席数の3分の2を占め,欧州統合の流れに大きな変化はない。しかし,欧州懐疑派政党の議席が伸び悩むなか,フランス,イタリア,ポーランドなど主要国で極右政党が第1党にあり,欧州懐疑派が今後巻き返しを狙っている。欧州議会内多数派の親EU派政党は複数連立調整に時間を要し意思統一が困難になる場合も考えられる。ポスト・ブレグジットとウクライナ戦争などEU情勢にはさらに多くの不安定要素のなかEU改革の課題が山積している。

[参考資料]
  • Valentin Ledroit, Qatargate : tout comprendre au scandale de corruption qui touche le Parlement européen, EURACTIV, 19.01.202
  • Qatargate : vers un renforcement des règles de transparence au Parlement européen Transparency International - Corruption Perceptions Index
  • ISSP「市民調査に関する国際比較調査」
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2864.html)

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