世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2811
世界経済評論IMPACT No.2811

2023年のEUを読み解く5つの視角

平石隆司

(三井物産戦略研究所 シニア研究フェロー)

2023.01.09

 2022年のEUは,露のウクライナ侵攻と,対露制裁の返り血としてインフレ率の2桁への高騰,ゼロ金利から急速な金融引き締めへの転換と各国国内政治の動揺等の激震に見舞われた。2023年のEUはどこへ向かうのか,5つの視角から読み解いていこう。

1.ウクライナ危機の行方

 足下では,欧米の支援強化によりウクライナ軍が反転攻勢,南部中心に占領地を奪還も,露も予備役動員による戦線立て直し,エネルギー関連インフラへの攻撃による戦意棄損を狙う。

 2023年内にどちらかが勝利を収める蓋然性,一方で停戦交渉や和平交渉が結実する蓋然性共低く,対露制裁も長期化必至だ。

  • (1)欧米の軍事支援強化は,核保有国たる露とNATOの直接衝突・エスカレーションを回避すべく非常に慎重。
  • (2)ウクライナが掲げる停戦交渉再開の5条件(戦争の損害賠償や,戦争犯罪人の処罰等)は露にとり現政権の交代無しの受け入れは不可能。
  • (3)露国内におけるプーチン大統領,ウクライナ侵攻への支持は其々81%,74%と高水準(LEVADA CENTER 2022年11月)。
  • (4)ウクライナで愛国心が高揚,領土回復へ国民の意思は固い。

 今後の展開は,①2022年に前年比−3.4%(IMF見込)へ失速した露経済の制裁に対する耐性,②露の追加動員の有無と国民の反応,③欧米における支援疲れ(EUは,‘Cost of Living Crisis’に直面,制裁強化,支援に対する不協和音も顕著)に左右されよう。

2.スタグフレーション

 ユーロ圏経済は,①商品市況高騰を主因とする2桁の物価上昇と購買力低下,②ガス価格高騰による生産下押し,③急速な利上げによる資金繰り悪化,等を背景に2022年10−12月以降,スタグフレーション入りしている。

 2023年の景気は,エネルギー価格のベースイフェクト剥落によるインフレ率の緩やかな低下を背景に年央には底に達すると予想。しかし,①コロナ禍からのリベンジ消費一巡,②対露ガス依存脱却に伴う景気下押し,③世界景気後退による輸出低迷,等を背景に低空飛行が続き,通年でゼロ成長を予想。対露エネルギー依存度の違いを背景に,独・伊が通年でマイナス成長に沈む一方,仏・西はプラス成長を維持し,景気格差が顕著に。

 リスクシナリオは,ガス危機の深刻化。今冬はガス在庫が順調に積み増されたが,来冬は露からのガス供給途絶に,厳冬等の天候要因,中国経済底打ちによるLNG需要増が加われば,ガスの配給制実施や価格高騰と購買力浸食からスタグフレーション長期化の恐れあり。財政規律緩和やEU共通債追加発行等を巡る北欧対南欧・中東欧の対立発生も。

3.脱炭素化

 EUは,2019年に,2050年の気候中立達成を目指す成長戦略「欧州グリーンディール」,2021年に,それを確固たるものとすべく2030年時点で1990年比55%の温室効果ガス排出削減達成を目指す「Fit for 55」を打ち出し,その軸となるEU-ETSの建物,陸上輸送等への拡大や炭素国境調整措置,自動車のCO2排出規制について2022年末にトリローグで大枠合意が達成された。

 ウクライナ危機による劇的環境変化に対しては,露産化石燃料依存脱却を目指す「RePower EU」の下で対応を急ぎ,短期的には代替エネルギー源確保を重視しつつ,中長期的には省エネ,クリーンエネルギーへの転換加速(太陽光,風力の拡大,バイオメタン・グリーン水素の導入加速)を目指し,脱炭素化への強い意志と流れは揺るぎ無い。

 2023年は,炭素国境調整措置等について法の詳細決定と試行が始まるが,域外国との調整等の難題も控えており予断を許さない。RePower EUについては,グリーン水素導入やバイオメタン製造への取り組み加速が予想され,企業としても要注視。

4.対米関係

 トランプ前政権下で最悪の状態へ沈んだ対米関係は,バイデン政権下で修復へ向かい,ウクライナ危機を経て安全保障面を中心により緊密化が進んだ。しかし,2022年秋以降,米国で生産されるEV等環境関連製品へ税控除,補助金を与えるIRA(インフレ抑制法)を巡る通商摩擦が顕在化。

 両国経済や地政学的状況を考えると,2023年に,①米国がIRA適用の条件を緩和,②EUが自地域産の環境関連製品への国家補助金付与の条件緩和,新たな基金設立,等を通じてソフトランディングが図られると見るが,両国間の大きな火種として注視が必要だ。

5.対中関係

 EUは中国を‘Negotiating Partner’,‘Economic Competitor’そして‘Systemic Rival’と多角的に位置付けるが,近年ウイグル,台湾,対露関係等を背景に,EU中国包括投資協定の審議凍結等,‘Systemic Rival’の側面が重視され対中姿勢は厳しさを増している。

 もっとも,スタグフレーションに苦しむEUにとって中国経済の重要さに変わりはなく,米中対立下でもデカップリング路線とは一線を画す。ショルツ独首相は自国企業を引き連れ2022年11月に中国を訪問,他のEU諸国の批判を浴びたが,独は2023年に対中戦略を発表予定であり,EU主要国間や独連立政権内の足並みの乱れに注意が必要だ。

 以上の通り,EUは中長期的な方向性を左右する様々な課題に直面し苦吟している。これらに適切かつ迅速に対処するためには分断を克服し結束を維持する必要があり,2023年のEUは正念場を迎えている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2811.html)

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