世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2783
世界経済評論IMPACT No.2783

気候変動問題を解決する新たな手法としてのFDI

池下譲治

(福井県立大学 特任教授)

2022.12.12

 気候変動対策は大きく2つに分けることができる。ひとつは,気候変動(温暖化)の原因となる温室効果ガス(CO2)の排出を抑制する「緩和」(mitigation strategy)であり,もうひとつは,気候変動やそれに伴う気温・海水面の上昇などに対して,自然や人間社会の在り方を調整することで影響を軽減しようとする「適応」(adaptation strategy)である。「緩和」へのFDIには,再生可能エネルギー,エネルギー効率化および排出削減,エコカーなどへの投資が含まれる。一方,「適応」へのFDIは,現在,その大部分を占める水管理とその他のプロジェクトに分けられる。

 国連貿易開発会議(UNCTAD)によれば,現在,気候変動に関するFDIの95%以上を「緩和」が占めており,「適応」は残りの僅かを占めるに過ぎない。カテゴリー別では,その大半が「再生可能エネルギー」で占められており,「エネルギー効率化」がそれに続いている。気候変動対策に関するFDIは2015年に「国連の持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されたのを機に一気に気運が高まった。その後,新型コロナによるパンデミックの影響により一旦落ち込んだが,2021年には,プロジェクトベース(金額)でパンデミック前の2019年の倍に達するなど急回復を果たしており,気候変動問題を解決する新たな手法として期待が高まっている。

 代表的な気候変動対策FDIとして,英国の再生可能エネルギー企業であるXリンクス社がモロッコに10.5ギガワット相当の太陽光・風力発電所を建設し,発電されたクリーンエネルギーを全長3800㎞となる海底送電網を通じて英国に供給する,総投資額219億ドルのプロジェクトがある。英国では日照時間が短く風力も弱いが,モロッコでは逆に日照時間が長く季節風が吹くことから,1年を通じて安定した供給が見込まれる。これによって,2030年までに,イギリスの700万世帯に廉価でクリーンな電力を供給することが可能になるという。

 再生可能エネルギー分野におけるFDIの特徴として,プロジェクトファイナンスとグリーンフィールドFDIの割合が大きいことが挙げられる。2021年の状況をみると,再生可能エネルギー分野への全FDIの約7割を占める。地域別では,欧州が全体のほぼ半分を占めており,中南米,カリブ海,北米,そしてアジアの開発途上国と続く。一方,アフリカなど他の途上国へのFDIも拡大する様相を呈している。

 今後の見通しとして,短期的には,ロシアのウクライナ侵攻などによって生じた世界的なエネルギー価格の高騰が再生可能エネルギーに与える影響が懸念されている。特に,再生可能エネルギーへの転換を牽引しているEUでは,天然ガスのロシア依存度が2021年時点で4割超と非常に高く,ロシアに代わる他の供給国も見当たらないことから,石炭火力発電への回帰によって脱炭素とのトレードオフが起きる可能性が高まっている。他方,再生可能エネルギーや原子力への切り替え,あるいは,省エネなどエネルギー効率化が進めば,中期的には脱炭素化とのシナジー効果が見込まれる。

 ところで,日本の太陽光発電の導入量は累積で世界第3位だが,2020年度時点でも,まだ化石燃料による火力発電が76.3%を占めており諸外国と比較して,日本では再生可能エネルギーの普及が遅れている。一方,勉強不足で申し訳ないが,日本の場合,政府はパリ協定による脱炭素化を,原発再稼動を前提に議論している感が否めず,再生可能エネルギーの供給源を海外にまで広げるといった議論はあまり聞こえてこない。前述した,Xリンクス社による英―モロッコ間の距離3800㎞は,日本からだと南はミクロネシア,西はゴビ砂漠も含まれる。ゴビ砂漠では現在,中国が大規模な太陽光発電の建設を進めている様子がNASAによって公開されるなど,電力の供給基地としての可能性が高まっている。日本でも,プロジェクトファイナンスやPPP(官民パートナーシップ)などを通じた気候変動対策FDIの可能性を含め,原発再稼動に依存し過ぎないようにすることが大切なのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2783.html)

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