世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2782
世界経済評論IMPACT No.2782

EV製造拠点化に不可欠なASEANの地域的結束

助川成也

(泰日工業大学 客員教授・国士舘大学政経学部 教授)

2022.12.12

 2021年のCOP26では39カ国が,22年のCOP27では更に2カ国が,ゼロエミッション車(ZEV)宣言に署名した。宣言自体に法的拘束力はないものの,バッテリー型電気自動車(BEV)が次世代の主役と目される大きな転機となった。ASEANでは,EV主要部品の投資誘致競争と囲い込みが始まっている。EV市場自体が極めて矮小な中,各国が国産化に固執すれば,逆にEV産業の成長の芽を摘みかねない。ASEAN各国は自らの利害を超えて,地域的結束が必要である。

COP26のZEV宣言の衝撃

 地球規模での気候変動問題に対処すべく,先進国を中心に内燃機関(ICE)車の販売禁止に向け動いている。2021年11月の第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で,主要市場では遅くとも2035年までに,全世界で2040年までに,それぞれ自動車の新車販売を全てゼロエミッション車(ZEV)にすることを目指すとした宣言に39カ国が署名した。先日開かれたCOP27では更に2カ国が参加を決めた。本宣言は法的拘束力を持たないものの,ハイブリット(HEV)車やプラグインハイブリット車(PHEV)車も排除されるなど,世界第5位の生産規模(21年:354万台)を誇り,第三国向け輸出拠点のASEANの自動車関係者に大きな衝撃を与えた。

 ボストン・コンサルティンググループによれば,ICE車から電池自動車(BEV)を中心としたZEV車への分岐点は2035年頃と予測されており,同年の世界の新車販売台数におけるBEVの割合は59%に達するとした。

ASEANで始まる産業構造の瓦解とEV製造拠点化競争

 BEVへのシフトは2つの点でASEANに影響を与える。第一に,産業構造や雇用への影響,第二に,EV製造拠点化を巡る域内国間の競争激化である。

 ICE車のEVシフトは,部品点数の大幅な縮小を通じて,完成自動車メーカーを頂点とした産業ピラミッドを棄損する。ASEAN最大の自動車製造国タイの自動車部品工業会(TAPMA)によれば,自動車部品160品目のうち49品目が不要になる。エンジン関係では燃料噴射装置,ラジエター,電装部品ではスタータモーター,オルタネタ―,駆動系部品ではアクスル,トランスミッションなどである。そのため自動車部品企業2500社のうち816社と,それら企業を支える183社の計999社が直接影響を被ると見込まれており,早急な対策が求められる。

 一方,EV化で新たな部品も登場,既にそれら部品製造の誘致競争が始まっている。インドネシアやタイは,バッテリー他EV主要部品の国産化を目指し,囲い込みを図っている。既にタイ投資委員会(BOI)はEV関連17品目の投資に法人税の免税恩典を付与し,投資を呼び掛けている。またBEV製造プロジェクト誘致に際しては,製造開始後3年以内に3種類の重要部品(注1)のうち,少なくとも1つの国内製造を求めている。

 またタイ政府は補助金や物品税減免措置を提供することで,BEV価格の低下と販売促進を狙うが,それらを享受するには,BEVの現地生産とEV部品の国産化を条件として課している。

 一方,バッテリーの主要原料ニッケルの生産量および埋蔵量が世界最大を誇るインドネシアは,ニッケル鉱石の輸出を禁止し,EV用バッテリーの生産拠点化を狙う。また同国政府は,BEVの原材料・部品の現地調達率を段階的に高め,2030年以降は80%以上を求めている。更に,バッテリーやドライブトレインなど複数の部品に関しても現地調達率規定を定めている。本来であればローカルコンテンツ要求は,世界貿易機関(WTO)規定に抵触する可能性があるのみならず,ASEANのEV産業の育成自体を妨げ,競争力向上に逆風となる可能性がある。

域内でEVの相互補完体制が出来る環境整備を

 ASEANの自動車産業は,90年代後半に輸入代替から脱皮し,ASEAN域内に複数拠点を有する企業が生産分業を行うことでスケールメリットを実現,国際競争力強化に磨きをかけた。それはASEAN原産品を現調調達率への組み入れを容認したASEAN産業協力スキーム(AICO)やASEAN自由貿易地域(AFTA)など域内協力措置が支えた。

 その結果,タイはピックアップトラックとエコカーの,インドネシアはミニバンの,それぞれ集中生産・輸出拠点に成長した。またフィリピンやマレーシアも,前者はトランスミッション,後者はステアリング関連部品など,部品レベルで集中生産拠点になった。

 これから到来するEV時代に備え,自らの利害を超えて,地域全体の利益を見据えた対応が必要である。それには,域内での自由貿易体制の維持,保護主義的な措置の回避,そして現地調達規定にはASEAN原産品も含めるなど,地域全体で同産業を振興する姿勢が必要である。

 EV市場自体が極めて矮小な中,各国が国産化に固執すれば,規模の経済が発揮出来ず,高コスト生産を余儀なくされる。その一方,中国などから量産効果とASEAN中国FTA(ACFTA)で価格競争力があるEV部品が流入すれば,ASEANが育成を狙うEV関連産業の成長の芽を摘みかねない。今こそASEANの地域的結束が試される。

[注]
  • (1)トラクション・モーター,ドライブコントロールユニット(DCU),バッテリーマネジメントシステム(BMS)。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2782.html)

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