世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2779
世界経済評論IMPACT No.2779

ウクライナ戦争後のロシアと中国のありかた

安室憲一

(兵庫県立大学 名誉教授)

2022.12.12

 ロシアによるウクライナ侵攻はロシアの敗北に終わるだろう。その経過を見て,中国政府は台湾侵攻計画を修正するだろうというのが,本稿の趣旨である。

 基本的にロシアは2つの誤りを犯した。第一は,ウクライナの制圧のために軍事力を行使したこと。第二は,NATO諸国がウクライナをロシアの防波堤として利用するチャンスを与えたことである。これはプーチン大統領の判断ミスと言ってよい。

 プーチンはウクライナのゼレンスキー大統領のリーダーシップを軽く見ていた。ウクライナ国民の大多数,とくに中高年齢層がロシア(旧ソ連)を支持すると見ていた。しかし,2014年にロシアがクリミア半島を占領したときから,ウクライナ国民はロシアを敵国と見なす様になった。プーチンはこれに気づかなかった。しかし,アメリカはロシアによる次の侵攻を予想し,ウクライナの軍政改革に協力した。プーチンはこれも軽視した。

 更に問題は,プーチンはソ連崩壊後に生まれた若者世代の心境を理解していなかったことである。30歳代,場合によっては40歳代でもソ連時代の栄光は知らない。プーチンがソ連時代の栄光を取り戻そうと訴えても,若者は理解できない。同様に,ウクライナの若い世代もロシアへ親近感は感じていないだろう。ロシアがウクライナを攻撃すれば,ウクライナ人全体(ロシア系は除き)が強烈な反ロシアに転換する。これこそ,ロシアの侵攻に対して「壁」を築きたいNATO諸国に取って,絶好のチャンスであった。自ら手をくださなくても(NATO軍の派遣),ウクライナがロシアの侵略からヨーロッパを守ってくれる。どれだけ費用がかかってもウクライナを軍事的に支援しておけば,長期に渡って安全が保証される。ウクライナがEUの鉄壁になってくれるのである。

 NATO諸国,とくにアメリカを中心とした経済制裁はロシア経済の崩壊を避け得ないものにする。ロシアが軍資金稼ぎのため石油や天然ガスを輸出し,それに飛びつく国々は,今後ひどい目に会うだろう。それはCO2の削減を推進する国際的な動向に逆らうことにもなるからである。それでなくてもインドや中国のCO2削減対策は遅れている。近未来に先進諸国(G7)のCO2排出規制が強化され,削減目標を達成できない国や企業からの輸入制限や罰則が強化されるかもしれない。

 NATOは11月21日にロシアをテロ支援国家に認定した。EUも11月24日に欧州議会でロシアをテロ支援国家に指定する決議案を可決した。これはロシアによる民間施設や民間人を標的とした軍事攻撃が国際法に違反すると判断したためである。ロシアはもはやウクライナに勝利することはできないだろう。では,敗戦の責任により,プーチンが退陣したらロシアはどうなるのか。

 プーチンの側近で後継者とみなされるワグネル・グループの創始者,エフゲニー・プリゴジンとチェチェン首長のラムザン・カデイロフが2つの対立する権力陣営を形成しつつある。とくに,ワグネル・グループが大量の囚人を釈放させ,軍人として活用しているのは周知の通りである。これらの元囚人が戦後に除隊して社会に放出されたとき,大混乱が起きる。プーチンの退陣後(亡命も考えうる),この2大勢力がぶつかり合い,内乱状態になると政治・経済・社会の崩壊は避けられない。すでにロシアのIT技術者の6%が出国し,25%が出国を検討しているという。100万人もの若者が徴兵逃れのために近隣諸国に逃亡したとも言われている。つまり,ロシアの未来を担う技術者や若者が国を捨て逃散したのである。彼らが国に戻らない限り,高齢化したロシア社会は再起不能に陥るだろう。その危険性は相当高いと見ておかなければならない。

 中国の習近平政権はロシアの窮状を見てどう判断するだろうか。中国が台湾に武力攻勢をかければ,ロシアと同じ運命が待っている。日・米・韓国・オーストラリア・インドだけでなく,EUを加えた自由主義陣営と闘うことになる。もちろん,ロシアと同様な経済制裁を実施するとなると,反対する国も出てくるだろう。しかしそれは少数派にすぎない。その影響をモロに受けたら,大国の中国といえども存立基盤を危うくする。ロシアの人口は1億4000万,経済規模は韓国よりも小さい(今回の各国の締め付けでGDPは更に縮小している)。中国は現在,14億人,世界第二位のGDPを誇る大国だが,自由主義陣営から輸出・入制限や直接投資の規制,技術移転の禁止を受ければ,経済崩壊は避けられない。自由主義陣営を敵に回せば,台湾への軍事侵攻に成功する可能性は限られる。しかも,台湾侵攻は日本を刺激して軍事大国化を促す。日本国民は「平和憲法」を誇りに思い,憲法改正や軍備強化など望んでいない。だが,中国の台湾侵攻は,たとえそれが成功しなくても,日本を憲法改正に向かせる要因となるだろう。

 結局,中国はロシアの窮状を目にして,台湾への軍事侵攻を諦めるだろう。口では「武力行使も辞さない」とは言うものの,諸外国の反対を押し切ってまで遂行する意思はない。自由主義陣営との交流がなければ中国の繁栄はありえないことは,政府(共産党)も国営・民営企業も一般大衆も皆理解している。もし台湾侵攻を開始し,中国軍が大敗し,自由主義陣営からの厳しい経済制裁を受け,中国経済の崩壊を招いたなら,習近平政権はおろか中国共産党の存立も危うくなるだろう。それは,近いうちにプーチンが証明してくれるはずだ。

 中国政府は軍事力を行使せず,平和的な方法で台湾を併合する途を考え始めるだろう。台湾の今回の統一地方選挙では民進党が破れ,国民党が躍進した。その原因は,民進党が反中国を強調しすぎた反面,国民党がインフレ対策を中心に選挙運動を展開したからだと言われている。中国政府が積極的に働きかけるべきなのは,この中国寄りの国民党であり,とくに親中派の若手議員や起業家である。彼らは中国ビジネスから富や成長機会を得ている。時間はかかっても,中国シンパを育てることが重要であり,それには友好親善・経済協力が欠かせない。現在,親中派の議員や起業家も,中国の台湾侵攻が始まれば,強烈な反中に転換するだろう。それはウクライナで実証済みである。習近平総書記は決してプーチンの過ちを繰り返してはならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2779.html)

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