世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
政争の具になる移民,収益を生む移民,ナイーブな日本
(南山大学国際教養学部 教授)
2022.11.21
日本の外国人労働者政策がメディアに取り上げられる時,例えば技能実習制度や特定技能制度等が報道される場合,概ね記事の結びは「国民的議論が必要」で締め括られる。そうは言っても「移民」政策に舵を切る気がない日本だが,その日本を取り巻く世界では何が起きているのだろう。
この春以降,ニューヨーク市はテキサス州とアリゾナ州からバスで送られてくる南米からの移民の対応に追われてきた。メキシコとの国境を抱えるアリゾナ州とテキサス州の知事がバイデン政権の移民政策に異を唱え,“ならば国境をバイデンに送りつけてやる”と,国境で検挙した人々をバスに乗せて送り込んでくるからだ。その数はすでに約21,000人。出身はメキシコ,ペルー,エクアドル,ベネズエラ,コロンビア,ニカラグア,ホンジュラス。大人も子供も,何の説明もなく着の身着のままでバスに乗せられ,南米からの長い道のりの末にマンハッタンのバス停に降ろされる。ニューヨーク市はもともと人口の60%が移民で,こうしたことには慣れてはいるし,避難所を必要とするすべての人に避難所を提供することが義務づけられてもいる。とは言えシェルターなどの収容施設がふんだんにあるわけではない。しかも,彼らは米国に足を踏み入れた時点で「米国で働くことができて援助も受けられる」と思い込んでやってくる。でも現実は違う。難民申請をしても,結論が出るまでに何十年もかかるし,すべてが認められるわけではない。認められなくても別の手立てがないわけではないが,弁護士費用に1万ドル以上かかる。申請している間は合法的に滞在できるが,結局は何十年もの間,身分なくただただ社会の影で暮らすこととなる。それでも,市の教育局は親と共にやってきた子供たちを数千人単位で市内の学校に受け入れ,母国語を話せる教師を派遣する。
移民が他国に移動しようとする場合,もちろん移民自身が意思決定して移動手段を確保するが,そこには様々に「migration industry(移住産業)」が介在している。国境を超える移動に関するあらゆる資源やインフラを提供することによって報酬を得る主体が存在し,合法・不法,フォーマル・インフォーマルを問わず,いわば潤滑油の働きをする。運輸などは典型的な例で,古くは米国入国の玄関だったエリス島に発着する船は民間によるもので,上陸時の心得や市民として知っておくべき法律を説くのも,上陸拒否された人々を母国に送り返すのも,彼らが担いコストも負担した。今では,国境管理に必要な資源とノウハウを提供するために各国と提携し,年間110億ドルを稼ぎ出す企業がイタリアにある。日本の技能実習生とて,候補者を母国でリクルートするのは民間企業である。以前にも,中国からの日本への密入国を斡旋していた「蛇頭」というブローカーがいて問題になっていた。アフリカから地中海を渡りヨーロッパを目指す人々の悲劇が報道されるが,そこにはボートを手配するブローカーが絡んでいることだろう。他方,高技能の移民に来てもらいたい先進国では,雇用主はリクルート業者に1万ドル超の報酬を支払う。また,NGOも政府組織と組んで難民援助等で活動するし,国際機関もアクターとなる。IOM(International Organization for Migration,国際移住機関)は人身売買対策プログラムにおいて国境管理も含めて政府と協働し2.6憶ドルの報酬を得た(2010年)。こうした移民産業は,善悪はともかく,国境管理や移民政策が厳しくなればなるほど活動の規模も範囲も広がるし,場合によっては一国の移民政策にすら深く関わる存在となる。
移民は政治的に利用される存在にもなり得るし,収益を生む存在にもなり得る。貿易理論にしたがえば,財・サービス貿易は輸出国・輸入国どちらにも利益をもたらすし,人の移動に関しても多くの研究は自由な移動を支持する。実際にその移動が自由になったらどんなことになるか? 行きたい国はどこか? をギャロップ社が152カ国で調査した(2018年)。日本の場合,人口は1%増加するが高等教育を受けた人口は8%減,つまり頭脳流出(brain drain)となる。優秀な人材からは選ばれない国になる。若年層の人口は51%増えるが,その多くは東南アジアからの移民である。ギャロップ社がつけた見出しは“Japan may want migrants more than they want Japan”。一方,頭脳獲得(brain gain)するのはカナダ(+120%),米国(+7%),フランス(+27%)だった。「国民的議論」をせねばと言いつつ,何となく今のままでよくて,とは言え多様性・共生が大事と言っている日本がとてもナイーブに見えてくる。
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