世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2747
世界経済評論IMPACT No.2747

インベーダーゲームもAI?:従来発想に頼る技術振興計画

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.11.14

 何でもかんでもAIの世の中,このままだとインベーダーゲームもAIゲームと分類されるだろう。さしずめ「名古屋撃ち」は「AIくずし名古屋撃ち」となるのだろう。インベーダーゲームは乱数による確率演算で難しさを演出していた数値制御である。いくら専門外だからといってもマスコミを中心としたAI関連ニュースや解説は本質を外れている。他方,日本のマスコミが関心を払わないAIあってのeスポーツは急速な成長をしている。11月7日の日経新聞にeスポーツの賞金ランキングが掲載されている。シュムペンターが指摘していたように新しいビジネスは遊び(おもちゃ)から成長していくことがAIでも顕著である。我国メジャーマスコミは女子アナを話題にするような古臭い体質なので,早晩WEBの完全AI報道に取って代わられるだろう。アナはCGで十分である。

 11月2日付日経新聞社会面の「理系育成,3000億基金」によると我国の理系大学学位取得者(理系卒業者)は大卒者全体の35%である。つまり,大学に行かない人を含めると人口のおよそ8割は非理系であるので世論形成に影響を与えるTVや経済政治関連団体のデジタルに関する認識は非理系主導となると推定される。つまり,聖徳太子以来「話し合え」が暗黙の了解なので,「とんがった」アイデアや難解な技術をベースにして特徴を生かした科学技術振興策を立案したとしても,その趣旨を社会一般に理解を得ることは困難を伴う。

 内閣府総合イノベーション戦略では科学技術の中心はAI・量子である。2022年6月3日の閣議決定「総合イノベーション戦略2022」を見ると,霞が関の叡智を結集した作文で美しく纏まっている。しかし,殆どの国民は,「ナンノコッチャ?」であって,具体的に何をすれば良いのかメディアでも明確な説明ができていない。データサイエンス分野の専門家でもこのイノベ戦略出口は雲海に隠された町を覗き込むようなものだろう。

 霞が関の雛形で構成されている当該戦略は通例通り俯瞰的な情勢分析から始まり,予算建付けの基礎となる「箱」の設定とその管理に多くの紙面が割かれていて,最近の経産省スタイルの見やすいロードマップが採用されていない。各方面を取りこぼしなく「粗相のないよう」に配慮されているので,筆者のような凡人が見ると「米国と北欧の二番煎じ?」としか見えない。うがった見方かもしれないが,IT分野は「箱」(または業界)を「破壊」することでイノベーションを進めてきたので,霞が関の思考は根底がズレていると言わざるを得ない。市ヶ谷のJSTや川崎のNEDOの建物内に机を構えて司令塔を置くことを想定しているならイノベ戦略の入口でクラッシュするであろう。むしろ,霞が関の人事給与体系をガラポンで改革してAI/ITおよび素材/半導体等の関連技術者を活躍させる様に箴言すべきである。

 新型コロナのパンデミックによる経済混乱やロシアのウクライナ侵攻,中国の武力的威圧という喫緊の「眼の前にある危機」に対処するだけでも難ごとであり,台湾有事となれば我国全体に大きな痛みをもたらすことは論を俟たない。大急ぎで食料自給率向上,産業とサプラーチェーン変更といった構造改革に着手する必要を考えると,冷戦終了以降の安定な時代に培われた前例の踏襲よりは歴史から学ぶ戦略の立案と実行を進めなければならない。当然,直面する未知のことに対処する必要があるので良策が思いつかずにオロオロすることもあるだろう。レトロフィット的立案に陥ることもあるだろう。しかし,モリカケや統一教会に全力を傾けることよりも,我国の存続の掛かった「眼の前にある危機」に現在進行形で直ちに対処しなければならない。

 さて,文系理系を問わず,政策決定に関わっている方々はAIというBuzz Wordに拘り過ぎているかメタバースはすごいものという思い込みがあるのだと思う。WIKI(最新)の定義によれば,Artificial Intelligenceは人や動物の示すIntelligenceに対して機械によって実演されることであり人の認知能力のmimicである。日経新聞11月3日付のオピニオン欄で「シンギュラリティの」新解釈が開示されているがこの論説は言葉の誤用を誘引する恐れがある。言論機関としてもう少し勉強を深めていただきたい。

 半導体で構成されるコンピューターも量子レベルで見れば「複製」,つまりハード・データコピー時に微妙な違いが生じて計算結果が完全に同じにならない「複製浮動」の可能性が持ち上がっている。この現象については,製品に当たり外れがあった80年代のパソコンを思い出していただければ良いと思う。この半世紀に渡ってプログラミングの複雑さの進捗と並行して半導体の演算エラーを補償するプログラミングも発達している。特に量子コンピューターはより高度なエラー検出・補正プログラム無しでは成り立たない。更に量子テレポーテーションも可能になってきていることを踏まえると,単にAIですべてのことを解決できるという楽観的な見方は危険である。むしろ,これからは密室に閉じ込められているAIを外界とつなぐセンサーを開発・発展させる必要がある。特に,動物としての人の特徴は指の動きなので,現在のカメラ式モーションキャプチャーが捉えられない手の動きをデジタル化するセンサーが必要である。

 AIを戦略の中心とするなら,目の前にある危機に注力し,具体的にテーマを絞ってみても良いと思う。筆者個人の意見であるが,国家安全保障のために,順に,①サイバー・通信空間の情報探知と分析およびWEB上の攻撃排除能力向上,②我国を攻撃するミサイル等の発射(攻撃)準備の事前把握能力向上(10月末に政府・自民党から監視衛星の拡充案が出てきた),③軍事的侵攻を躊躇させうる迎撃・反撃能力向上(巡航ミサイルの早期導入案が登場している),④大勢の行動の中からスパイ活動を見つけ出す方法の確立,といった,より具体的な計画に昇華してもらいたい。④は,例えば渋谷スクランブル交差点を渡る人々の中からスパイを見つけるようなことである。そんなものができるかというのなら,中国の監視網を考えれば絵空事でないことが判ると思う。①〜④は現下の極東情勢を考えれば直ちに我国の科学技術総力を傾ける必要のある内容である。軍事や社会監視に嫌悪感を抱く方々は脊髄反射的に反対を唱えるであろうが「Nation」を失ったら元も子もない。日本以外では「話し合え」論が通じないことはプーチンの戦争を見れば現実のことである。平安貴族政治のように唱えれば叶うという幻想を無視することも必要である。

 高校の教科書では数行の記述だが,NHKの「ブラタモリ」で対馬を二週に渡ってレポートした内容は示唆的である。対馬の長は海の向こうからの脅威を白村江の時代から見据えていた。各種世論調査やTVの視聴者投票でも60〜80%が①〜③に賛成している。少数意見尊重も大事だが国家防衛は圧倒的多数の意見に従うべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2747.html)

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