世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2736
世界経済評論IMPACT No.2736

介入で止められない円安

中島精也

(福井県立大学 客員教授・丹羽連絡事務所 チーフエコノミスト)

2022.11.07

 欧米が急速に利上げを続ける一方で,日銀は異次元緩和を変更する気配も見せない。よって,金利差が一段と拡大するのは必至だ。為替市場では高金利通貨が選好される傾向があるので,引き続き円安が進行すると見るのが素直であろう。しかし,政府・日銀は大規模な為替市場介入で対抗しようとしている。9月22日の日銀決定会合で金融緩和の維持が決まった直後,ドル・円は146円手前まで円安が進んだが,そのタイミングでドル売りの市場介入が実施された。ドル売り介入は実に24年ぶりであり,市場が油断していたこと,介入規模が2兆8千億円と巨額であったことから5円ほど円高に動いた。

 しかし,介入にも関わらず1ヶ月ほどで円相場は介入水準を超えて円安が進行,10月21日に152円に接近したところで6兆3千億円という大規模介入が実施された。直後に144円までドルが急落したが,その後,再び148円台まで円安方向に戻すなど為替市場は大荒れの展開となっている。そこで今回の介入の意味を為替市場介入のバイブルである1983年に発表された先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の「為替市場介入に関する作業部会報告書」を基に考えてみたい。

 1980年代前半,レーガン政権の米国は高金利政策とドル高政策,かつ為替市場への不介入政策を採用していたが,他のG7諸国,特に仏フランの急落で苦しむミッテラン仏大統領からの批判が強まり,レーガン大統領は批判をかわすべく1982年に開催されたベルサイユ・サミットで介入についての国際的研究を行うことを提案して了承された。そこで発足した作業部会が1年後にまとめた報告書は今,読み返しても非常に参考となる内容が散りばめられている。

 介入の目的は主に3つほどあり,第1は為替市場の無秩序な(disorderly)状況に対処するものである。無秩序の定義づけは様々な意見があるが,為替相場の買値(bid)と売値(offer)の開きが異常に拡大していること,市場心理のフレによって為替レートが自己増殖的な変動を示している(バンドワゴン効果)と判断される局面を指している。第2は相場の乱高下に対処して,相場変動をなだらかにするスムージングオペ。第3は為替変動がファンダメンタルズから見て正当化できないと判断した時に,市場に「誤り」を認識させるために介入するものである。

 しかし,介入の効果となると一筋縄ではいかない。1つは単独介入では効果が限定されるという点である。協調介入であれば,G7の総意で為替変動を調整しようという意気込みが市場に伝わり,より介入効果が強まる傾向がある。第2は持続的な市場圧力に直面している場合に為替レートに有意義な効果を及ぼすためには,当局は補完的な国内政策の調整,とりわけ金融政策面での調整が不可欠である。介入と金融政策の変更は相互に補強し合い,それぞれの個別的効果の大きさ及び持続性を高めるからである。

 これらを念頭に考えれば,今回の政府・日銀による介入は日米金利差の一層の拡大でバンドワゴン効果が働き,円安が自己増殖的に進行する恐れがあったために実施されたと推測される。しかし,円安を止める介入と金融緩和が両立しないのは上記の報告書から見て明らかである。将来の適切な政策変更(利上げ)を行うまでの「時間稼ぎ」の介入であるとすれば,政策変更がいつまでも行われない場合には,時間稼ぎはしばしば無益であるどころか,かえって弊害をもたらすとまで報告書は言及している。そういう意味で今回の介入は非常に問題を抱えた苦肉の策といった印象を拭えない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2736.html)

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