世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2735
世界経済評論IMPACT No.2735

国のかたち・国土強靱化・安全保障に資する鉄道網

戸所 隆

(高崎経済大学 名誉教授・元(公社)日本地理学会 会長)

2022.11.07

ローカル線存廃論議への懸念

 国土交通省のローカル鉄道のあり方を議論する有識者会議は2022年7月,赤字路線の存廃基準を示した。輸送密度1㎞あたり平時で1,000人/日未満のローカル鉄道は,国と自治体,事業者が改善策を協議する仕組み(仮称・特定線区再構築協議会)を設け,3年以内に存廃のあり方示すことを求めている。なお,駅間利用者数500人以上/時のある線区や貨物列車の走行および県庁所在都市など主要都市を結ぶ線区などは対象外とのことである。

 JR西日本が2,000人に満たないローカル線の赤字実態を2022年4月に公表したのを皮切りに,JR各社は同様の収支を公表した。コロナ禍で経営余力を失いつつあるJR各社にとって赤字ローカル線のあり方は喫緊の課題であり,早急にあるべき方向を決める必要がある。しかし,国土交通省有識者会議の提言とJR各社の収支実態公表後の地域社会では,経済・経営的視点とローカル線存廃による利便性論議に偏り,鉄道網が果たす国のかたちづくりや国土強靱化・安全保障の視点が感じられない。国の骨格づくりや自然災害・防衛など危機管理の視点からは単純に数字で決められない面がある。

有事における鉄道網の重要性

 鉄道網は平時には旅客輸送・貨物輸送を通じて地域間をネットワークし,国のかたち・国土構造を造り,有事には大量輸送機関として重要な役割をする。日清・日露戦争を経て明治維新以降の殖産興業・富国強兵政策遂行には,鉄道による全国一元輸送の重要性が認識された。政府は1906年鉄道国有法を公布し,官鉄線と政府買収の私設鉄道17社を統合して鉄道総延長の9割強を占める国有鉄道(国鉄)を発足している。高速道路をはじめとする幹線道路網の整備で,必ずしも当時と同列に論じられないが,鉄道網の経済発展・危機管理・安全保障に果たす役割は変わらない。

 阪神淡路大震災の際,神戸に集中する交通路の被災で日本列島の東西交通は遮断され,中四国・九州の産業経済・社会生活に深刻な間接被害が発生した。要因として日本海側鉄道網が脆弱で,非電化区間のディーゼル機関車不足など代替機能を果たせなかったことがある。東日本大震災でも同様の事態が見られた。

 現在のロシア・ウクライナ戦争においても,避難民輸送や物資輸送に鉄道が大きな役割を果たしている。鉄道は低速であれば路盤が悪くても2本のレールと枕木で大量輸送が可能となり,被災しても相対的に修復が早くできる。韓国や中国の主要駅には安全保障面から武器・兵員・重機輸送に適した広場,広場と直結したプラットフォームがある。

 他方,日本は新幹線の建設に伴い並行在来線は三セクなどに転換するだけでなく,信越本線横川―軽井沢間は廃線となり,鉄道ネットワークが疲弊してきている。川端康成の『雪国』で有名な清水トンネルの上越線水上―越後湯沢間は1,000人を越すものの2,000人に満たないと収支公表され,地元に不安が漂っている。万一廃止となれば,東京・関東と日本海側を結ぶ鉄道貨物輸送動脈がなくなる。

 日本を取り巻く地政学的環境変化から,防衛費の大幅増額を2023年度予算審議で論じているが,必要な防衛力強化策はいわゆる防衛装備品整備だけではない。平時・有事に役立つ鉄道網・交通ネットワークの構築もそれに劣らず重要である。

国のかたちづくり・危機管理・安全保障に必要不可欠な鉄道路線網の明示を

 国はデジタル田園都市や新しい資本主義を目指し,国民の安心安全を担保するなら,経済的視点からだけでなく,危機管理の視点から「国のかたち」を創り,保全するために不可欠な鉄道網を明示すべきである。それを構成する路線はたとえ赤字路線であろうと,危機管理の視点から国費を投じねばならない。危機に際して廃線路線を復活することは至難である。かかる視点から特定線区再構築協議会(仮称)では幅広く議論を尽くし,あるべき姿を国民に分かりやすく説明することを期待している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2735.html)

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