世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
北上川はよみがえった:旧松尾鉱山の坑廃水処理
(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)
2022.10.10
岩手県の八幡平(はちまんたい)中腹に存在した松尾鉱山。1914(大正3)年から58年間にわたり約2900万トンの硫黄・硫化鉄鉱を生産したのち,1971(昭和46)年に閉山した。
閉山後も地下に残された標高差284m,総延長255kmの坑道には地下水がたまり続け,特定の坑口から,水と酸素と硫化鉄鉱の反応によるpH2程度の強い酸性の坑廃水が流れ出る。それは,近隣の赤川を通じて本流の北上川に流入し,東北を代表する名川,北上川に深刻な水質汚濁をもたらした。
事業主であった松尾鉱業の解散によって,旧松尾鉱山の鉱害防止事業実施については,「義務者不存在」となった。北上川の水質汚染を問題視した岩手県は,国に請願して補助金の交付を受け,1977年に坑廃水の新しい中和処理施設の建設を始めた。総工費93億円を投じた同施設は1981年に完成し,翌年から岩手県の委託を受ける形で金属鉱業事業団がその管理業務に携わるようになった。その後,金属鉱業事業団は石油公団との統合によってJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)となり,今日にいたっている。
今年の7月,JOGMECのご厚意により,旧松尾鉱山新中和処理施設を見学する機会を得た。天気予報は芳しくなかったが,実際には晴天に恵まれ,標高の高い地点から,赤い屋根と白い建屋の対比が美しい処理施設の全容と,殿物で泥池の4分の1ほどが赤茶けて見える貯泥ダムとを一望することができた。その先には,廃墟となった旧松尾鉱山の従業員アパート群が点在し,さらにその先には,北上川流域の豊かな緑が広がっていた。まさに絶景であった。
処理施設に先立って,八幡平市立松尾鉱山資料館を訪れた。見事なジオラマはじめとする充実した展示資料や,管理指導員の方の行き届いたご説明によって,ありし日の松尾鉱山の「栄華」をしのぶことができた。そこは,かつて「雲上の楽園」と呼ばれたように,最盛期には約5000人の従業員と約1万5000人の住民を擁し,岩手県内随一の高給と高貯蓄額を誇る別天地だったのである。
処理施設では,まず,片道約300mのトンネルを歩いて,坑廃水の取水口に向った。毎分20㎥もの坑廃水が,勢いよく噴出している。強い酸性で,指につけてなめたら,鉄さびのような味がした。
トンネル内の導水管を通って処理施設の建屋に導かれた坑廃水は,鉄酸化バクテリアを利用した第一段階の中和処理を受ける。この処理は,坑廃水中の2価鉄イオンを3価鉄イオンに変えるためのものであり,第二段階の中和処理を可能にする意味合いをもつ。バクテリアの使用は全国的にも珍しく,松尾鉱山新中和処理施設のユニークな手法だそうだ。泥をうまく使って,バクテリアを循環利用している点も,目を引いた。
第二段階の中和処理では,中和剤として経済性に優れた炭酸カルシウムを用いる。2段階の処理を経た中和処理水は,屋外の固液分離槽で,上澄水と殿物に分離される。上澄水は,もともとの赤川の流水と同じpH4強にまで中和されているので,赤川に放出される。一方,泥上の殿物は,100年分の容量を収納することができる処理施設から少し離れた貯泥ダムへ運ばれ,長期保管されるのである。
この方法でJOGMECは,受託開始から今日まで40年以上にわたって,北上川本流の水質基準(pH6.5~8.5)をクリアし続けてきた。清流はよみがえったのである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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