世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ボーングローバル企業の戦略ロジック
(日本大学商学部 教授)
2022.08.22
最近,創業から数年で海外に進出するボーングローバル企業(以下,ボーン企業)が,新聞やビジネス雑誌などで紙面を賑わせている。とくに,ネットビジネス分野でボーン企業の台頭が著しい。しかし,ネットビジネスと違い,投資規模が大きい製造業分野の場合,海外に進出することは簡単ではない。そこで,改めて製造分野で早く海外に進出するボーン企業と,国内で競争優位性を構築してから輸出,直接投資へと段階的に海外進出のレベルを上げていく伝統型海外進出企業(以下,伝統型企業)の戦略比較を,著者が行った事例調査およびアンケート調査の結果から,特定の項目に絞って議論してみよう。
ボーン企業と伝統型企業では,グローバル展開した理由などについては,確かに違いがあるとはいえ,多角的な視点から戦略を比較すると,ボーン企業と伝統型企業ではそんなに大きな差はなかった。事例調査でも,ボーン企業と伝統型企業では,企業規模に違いはあるが,ニッチ市場で事業を展開しているため,戦略特性が似てくると言うのは当然かもしれない。とくに,競争・市場対応では類似性が高い。顧客の対応では,アンケート調査や事例研究でも共通しているのは,まさに筋の良い顧客を持っていることである。市場規模で顧客を選択するのではなく,自社の技術力を向上させ,また,他の市場に波及効果の高い顧客を選択している。もちろん伝統型企業の方が,国内でまずは競争優位性を構築してから,海外に出ることになるため,技術力なども含めた資源力の厚みが違うので,事業の展開力もある。つまり,コアな技術力をより深掘りすることで,多様な分野に多角化している。たとえば,伝統型企業の(株)スギノマシンは,ウォータージェット技術をその成長過程で,自動車,電機,鉱業,食品,医療等,さまざまな分野へ応用することで事業ドメインを広げている。
それに対してボーン企業は,企業の規模的な違いがあるとはいえ,伝統型企業のように技術を深めるというよりは,既存の技術を生かせる多様な市場を見つけだして成長している。たとえば,分煙機メーカーのボーン企業である(株)トルネックスは,分煙機のコア技術である気流制御の技術をベースにして,海外では公共機関のバスや住宅事業分野の換気装置にその技術力を応用している。また,木材プラスチック再生複合材をベースにしたウッドデッキのボーン企業,WPCコーボレーション(株)は,ウッドデッキの製品技術を,今はフェンスやホテルの壁などに応用することで市場を拡大している。その意味でマーケティング力が高いとする,既存の欧米企業をベースとしたボーン企業研究の発見とも共通しているところがある。
もちろん海外展開は,当然のことながらボーン企業の方が早いが,事例研究からの発見では,必ずしも業界のリードマーケットから参入しているわけではない。日本国内において資金調達に成功し,事業的にも国内市場の電動バイク分野でブランドを構築した後に,すぐに海外展開したテラモーターズ(株)ですら,アジアで最大の電動バイク市場である中国市場からは参入していない。確かに,リードマーケットから進出すれば,規模の拡大やブランド構築という点では大きなメリットがある。とはいえ,リードマーケットから参入すれば,ある程度の規模を追うことになりコンピタンスと戦略にズレが生じるため,企業の強さが発揮できない。
たとえば,世界的モニターメーカーであるEIZO(株)にしても,リードマーケットのアメリカからではなく,まずは北欧という環境基準が厳しい国から参入していった。自社の高度な差別化を発揮でき,かつ強みを強化する場所を知っていたからである。また,前述したWPCコーポレーション(株)にしても,規模を追うのであればアメリカ市場であることは認識していたが,まずは,近隣の韓国,そして欧州,中東で技術力を鍛え,海外ノウハウを十分に蓄積してからリードマーケットに進出している。リードマーケットから進出しないことは,決して成長への近道ではない。しかし,周辺市場から参入して,資源の溜を作りながら主要な市場に進出していることは,遠回りではあるが,結局,そのプロセスにおいて競争優位性を強固なものにする。
確かにボーン企業は海外進出のスピードは早い。だが,成長プロセスに立ちはだかる,競争,市場,技術,組織の壁を越えるための特殊なスキルを蓄積しているわけではない。海外進出のスピードを創り出すのは,自社のコンピタンスを見極め,確実にそのコンピタンスを高める地域に進出し,時間をかけて主要市場に出て行っていることを見逃してはならない。しかも,その経営戦略の特徴は,決して特殊なものではない。
我々はすぐにユニークな経営現象に目を向けがちであるが,その現象を背後から支えているのは,今まで培われてきた既存の経営戦略の論理があることを忘れてはならないだろう。
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髙井 透
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