世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
地域グローバル企業の戦略可能性
(日本大学 教授)
2020.12.07
設立からすぐに海外展開するボーングローバル企業(以下,BGC)が多様な産業で台頭してきている。海外経験が豊富な経営者に率いられるBGCは,最初から世界市場をターゲットにするため,いったん成功すれば確かに市場からの注目度は高い。しかし,BGCとして創業しても,4割程度は市場から淘汰されるという海外の調査データもある。既存の調査でも,BGCは設立から5年前後でターニングポイントを迎えるとも言われている。実際,経営者の持つ特性が企業の成果に影響を与えることはわかっているが,設立から数年後には,その創業者の持つ個人的な能力が成果に及ぼす影響力は,低下することが明らかになっている。つまり,持続的に競争優位性を構築している企業は,必ずどこかの時点で,個人的な能力を組織能力に転換する必要性がある。確かに,いち早く海外に出ることで競争優位性を構築できる可能性は高まるが,その優位性を持続的なものにすることは簡単なことではない。
BGCの対極として位置づけられるのが,国内での長い事業展開を通じて競争優位性を構築し,その優位性を基盤に海外展開する地方の中小・中堅企業である。つまり,地方にあっても,海外市場にビジネスチャンスを探索し,新市場を切り開いている企業である。事実,特定のニッチ市場の分野で圧倒的なマーケットシェアを,グローバルレベルで獲得している中小・中堅企業は日本に数多くある。グローバルニッチトップ企業(以下,GNT)と呼ばれている企業群である。とくに地方にあるGNTは,地方ならではの優位性を生かしてグローバル展開する企業も多い。例えば,イカ釣り機械で世界のトップシェアを取っている(株)東和電機製作所は,創業の地がイカの産地ということもあり,この地域特性を生かすことで競争優位性を構築している。東和電機製作所の製品が優れているのは,地元の一流漁師のスキルを学び,そのスキルをうまく技術開発に取り込むことで製品を進化させ,グローバルに市場を拡大させてきたことである。
東和電機製作所のように単一事業の技術を深めることで,GNTのポジションを獲得する企業もあるが,主要事業の転換などをきっかけに急激にグローバル化を進めるGNTもある。ボーン・アゲイン・グローバルと言われる企業である。例えば,広島にあるカイハラは,地元がもともと絣の産地であったことから,絣の製造企業であった。しかし,時代とともに絣事業が衰退していく中で,その絣の技術を転用して,今や高品質デニムの素材を提供するグローバル企業へと成長している。競合他社との差別化を創り出すために,広島の郊外に大規模な紡績工場を作り,糸から織りまでを内製化して一貫生産することで競合他社の模倣を防ぎ,今や高品質なデニム製造企業としての地位を不動のものとしている。
このような地方企業のグローバル経営者は,BGCの経営者のように必ずしも海外での経験があるわけではない。むしろ国内での長い事業展開を通じて競争優位性を構築すれば,その優位性が国内ベースで構築されているため,海外に進出する時にはその優位性の変革にも大きなエネルギーを割かなくてはならない。ある意味,BGC以上に海外進出する上での超えるべき資源や市場の壁が大きい可能性がある。
とくに,事業の成熟化から脱却するために事業転換し,海外展開するボーン・アゲイン・グローバル企業の経営者は,BGCの経営者以上に高度なスキルが要求される可能性が高い。というのも,成熟・衰退産業の中で自社のコンピタンスを改めて認識し,変革に着手することはきわめて難しい。事業の変革が必要な時に,組織も成熟化し,変革するパワーが失われてくるからである。そのため,カイハラのような老舗企業が,伝統産業で培った絣の技術を応用してデニム市場に参入するということは,簡単なことではない。市場の出口を見つけるというのは,経営資源が豊富な大企業ですら難しいからである。化粧品事業への進出で注目を集めた富士フイルムでも,既存のフイルム技術が化粧品分野へ応用できる可能性をかなり前から認識していても,進出までに相当な年月を要している。
今までの国際的企業家志向の研究では,このような伝統型産業の海外展開にはあまりフォーカスしてはこなかった。しかも,成熟化した企業は革新性,柔軟性,適応性が低いと言われてきた。しかし,このような前提はボーン・アゲイン・グローバル企業などの事例からも再考する必要性がある。その意味で,地方にあっても,その地方を越えて海外展開するGNTやボーン・アゲイン・グローバル企業の戦略行動などを改めて多角的な視点からBGCと比較することで,新しい戦略の示唆が得られる可能性がある。
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